成果が出なくても回収だけは成立するビジネスの共通点
・「言われた通りにやったのに、成果は出なかった」
・「努力はしたが、結果は出なかった」
それでも、支払いだけはきっちり終わっている。こうした経験をしたことはないだろうか。
詐欺ではない。違法でもない。契約書もあり、説明も受け、同意もしている。それなのに、なぜか強く「損をした」という感覚だけが残る。
しかも周囲からは、「結果が出なかったのは自己責任」、「成果が出ない人もいるのは当然」と、どこか納得させるような言葉が返ってくる。
この違和感は、感情の問題ではない。そして、あなたの理解力や努力不足だけで説明できるものでもない。そこには、成果が出なくても“回収だけは成立する”構造が存在している。
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「成果が出ないのは仕方ない」
この種のビジネスについて、一般的には次のように説明される。
・成果には個人差がある
・再現性は保証されていない
・やり方次第で結果は変わる
・リスクを理解した上での契約だった
・結果が出ないのは本人の努力不足
これらは、一見するともっともらしい。実際、完全に間違っているとも言い切れない。
どんなサービスであっても、100%の成果を保証することは難しい。同じ条件でも、結果が出る人と出ない人がいるのは事実だ。
だから多くの場合、「結果が出なかったのは運が悪かった」、「今回は縁がなかっただけ」という形で話は終わる。だが、この説明ではどうしても説明できない点が残る。
なぜ“失敗しても供給側だけが安全”なのか
最大の違和感はここだ。成果は不確定なのに、回収だけは常に確定している。
結果が出るかどうかは分からない。しかし、支払いは必ず先に行われる。成果が出なかった場合でも、返金・補償・責任分担はほとんど発生しない。しかも失敗の理由は、努力不足、理解不足、継続できなかったと、すべて受け手側に回収される。
供給側は、「正しい情報は提供した」、「やり方は説明した」、「あとは本人次第」という立場に立ち続ける。
つまりこの取引では、成果リスクはすべて受け手側が負い、供給側は“成果に関係なく利益を確定させる位置”にいる。
もしこれが本当にフェアな取引なら、なぜ失敗のダメージは一方にだけ集中するのか。なぜ「うまくいかなかった場合の不利益」は最初から織り込まれていないのか。
このズレは、個別の悪意や詐欺では説明できない。問題は、ビジネスの設計そのものにある。
ここから視点を変える必要がある。「誠実かどうか」ではなく、「どんな構造で回収が成立しているのか」という視点へ。
小さな構造解説|「成果不問・回収確定」モデルの仕組み
では、その構造はどのように組まれているのか。ここで一度、取引の流れを分解してみよう。成果が出なくても回収が成立する構造は以下の通り。
① 不安・不足・焦りが先に存在する
お金・将来・能力・立場
この段階で、受け手は「解決したい側」になる。
↓
②「これで変われる」という入口が提示される
方法・ノウハウ・環境・サポート
ここでは成果ではなく、可能性が売られる。
↓
③ 支払いは成果よりも先に確定する
初期費用・月額・一括契約
この時点で、供給側の回収は完了する。
↓
④ 成果は受け手の行動・適性に委ねられる
努力次第・継続次第・理解度次第
つまり、成果は「外注」される。
↓
⑤ 成果が出ない場合、責任は個人に回収される
やり方が悪かった・続けられなかった・向いていなかった
供給側の損失は発生しない。
この構造の最大の特徴は、「成果と回収が切り離されている」点にある。
通常、健全な取引では、成果が出なければ報酬が減る、価値がなければ選ばれなくなるというフィードバックが働く。
しかしこのモデルでは、成果が出なくても回収は完了しているため、改善や責任共有の圧力がほとんど生まれない。
さらに厄介なのは、この仕組みが「自己成長」「挑戦」「前向きさ」と非常に相性がいいことだ。失敗しても、「自分が未熟だった」、「もっと頑張るべきだった」という解釈が自然に選ばれる。
結果として、構造そのものが見えなくなり、個人だけが消耗していく。これは、誰かが騙しているから起きるのではない。回収が先に成立する配置が、淡々と機能しているだけだ。
そしてこの構造は、業界や分野を問わず、形を変えながら何度も再生産されている。ここまで来て、ようやく問いは変わる。「自分はダメだったのか?」ではなく、「自分は、どの位置に置かれていたのか?」へ。
それは本当に「自分の失敗」だったのか
ここまで読んで、もし胸のどこかがざわついているなら、それは「知識を得たから」ではない。あなた自身の経験と、この構造が重なり始めているからだ。少しだけ、問いを自分に向けてみてほしい。
・支払いは、成果が出る前に確定していなかったか
・成果が出なかったとき、責任は誰が負っていたか
・「努力不足」「継続できなかった自分」を責めていなかったか
・提供する側は、同じリスクを背負っていただろうか
もし、回収だけが確実で、成果だけがあなたに委ねられていたとしたら。それは本当に、「あなたの能力」や「覚悟」の問題だったのだろうか。
この問いは、被害者意識を持つためのものではない。誰かを責めるためのものでもない。自分が置かれていた配置を、正確に把握するための問いだ。
構造を見抜けなかった過去を責める必要はない。多くの人が、同じ場所で、同じように悩んできた。重要なのは、次に同じ構造に足を踏み入れるかどうかだ。
「努力が回収されない場所」から、降りるために
この章でやってきたのは、希望を与えることでも、安心させることでもない。
ただ一つ、「何が起きていたのかを、構造として言語化すること」だ。
有料版の構造録・第1章では、
・なぜこのモデルが社会に定着したのか
・なぜ疑問を持ちにくい形をしているのか
・どうすれば「回収される側」から抜け出せるのか
そうした問いを感情論や精神論ではなく、配置と流れの問題として掘り下げている。頑張ること自体が悪いわけではない。問題は、頑張りが必ず回収されるとは限らない場所に居続けてしまうことだ。
もしあなたが、「次は、同じ失敗を繰り返したくない」そう感じているなら。ここから先は、努力ではなく、構造を読む側に回るための内容になる。続きを読みたい人だけ、この先へ進んでほしい。
