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価値を生む仕事と、ただ回収する仕事の違い|報われない理由を構造で解説

価値を生んでいるはずなのに、なぜ疲弊するのか。一生懸命に働き、誰かの役に立っている実感もある。それなのに、なぜか報われない。生活は楽にならず、余裕も生まれず、「この仕事に意味はあるのだろうか」と感じてしまう。

一方で、実感としての価値を生んでいるようには見えない仕事が、安定した収入や地位を得ている場面も少なくない。現場で汗をかく人ほど疲弊し、仕組みの上にいる人ほど余裕がある。

この逆転現象は、努力不足や能力差だけで説明できるものだろうか。

「価値を生んでいる仕事」と「そうでない仕事」の違いが、もし個人の資質ではなく、仕事の構造そのものにあるとしたら。この違和感は、見過ごすべきものではない。

価値は成果と市場が決める

一般的には、こう説明されることが多い。

・「価値のある仕事は、きちんと評価される」
・「給料は市場原理で決まる」
・「需要が高く、代替がきかない仕事ほど高くなる」

つまり、収入が低いのは、スキルが足りない、成果が出ていない、誰でもできる仕事だからという理屈だ。

この説明は、一見すると合理的で、反論しづらい。努力すれば報われるという希望も含まれている。だからこそ、多くの人が疑わずに受け入れてきた。

しかし、この説明だけでは、「明らかに社会を支えている仕事が軽く扱われる理由」、「価値を生んでいる人ほど消耗していく現象」を説明しきれない。

価値が生まれても、報われない仕事がある

現実には、価値が生まれているにもかかわらず、正当に評価されない仕事が数多く存在する。介護、保育、医療補助、現場作業、生活インフラ。それらが止まれば社会は即座に機能不全に陥る。それでも報酬は低く、責任と負担だけが増えていく。

一方で、成果が曖昧でも、契約や管理、仲介、配分に関わる仕事は安定して回収できる。失敗の責任を負わずに済む立場ほど、安全である。

もし「価値=報酬」なら、この差は生まれないはずだ。つまり問題は、価値があるかどうかではない。価値が誰に、どの形で回収されているかにズレがある。

このズレを無視したままでは、「価値を生む仕事」と「ただ回収する仕事」の違いは、永遠に見えないままだ。

「価値」ではなく「回収の構造」を見る

ここで一度、視点を切り替える必要がある。「どれだけ価値を生んだか」ではなく、「どの立場が、確実に回収できる構造にいるか」を見るという視点だ。

多くの人は、仕事の評価を努力量、社会的意義、誰かの役に立っている実感で判断しがちだ。しかし、現実の報酬は、そこでは決まっていない。

報酬を決めるのは、価値の大きさではなく、回収の確実性である。成果が出なくても、

・契約が先に成立している
・支払いが固定されている
・責任が他者に転嫁される

この条件がそろっていれば、回収は成立する。逆に、どれほど価値を生んでいても、

・成果が可視化しにくい
・対価が後払い
・交渉権を持たない

立場にいれば、報われにくい。問題は、仕事の中身ではない。仕事が置かれている構造なのだ。

「創造」と「回収」は、別の回路で動いている

ここで、仕事をシンプルな構造として整理してみよう。まず、価値を生む仕事には共通点がある。それは、

・誰かの現実を実際に変えている
・体験としての変化が残る
・社会が回り続けるために必要

という性質だ。一方、回収が強い仕事にも共通点がある。

・契約や制度の上流にいる
・成果と報酬が切り離されている
・失敗しても責任を負わない
・価値の測定や配分を握っている

重要なのは、価値創造と回収は、同じ場所で起きていないという点だ。構造的には、こうなる。

・現場で価値が生まれる
・価値は数値化されにくい
・数値化・評価・契約を行う層が介在する
・回収はその層で確定する
・現場には「必要だから」という理由だけが残る

    このとき、価値を生んだ人と、回収した人は一致しない。「ただ回収する仕事」とは、何も生んでいない仕事という意味ではない。価値の発生点から切り離され、回収だけを安定させた仕事のことだ。

    逆に、価値を生む仕事ほど、回収が不安定で、説明が難しく、交渉力を持ちにくい。

    この構造が続けば、社会は回るが、現場は疲弊する。そして、人々は「価値を生むこと」より「回収できる位置」を目指すようになる。それが、今の歪みだ。

    あなたの仕事は、どこで回収されているか

    ここまで読んで、「なるほど」と思っただけなら、まだ他人事だ。本当に重要なのは、あなた自身が、この構造のどこに立っているかだ。

    ・今している仕事は、誰の現実を変えているだろうか
    ・その変化は、誰の手元で「お金」に変換されているだろうか
    ・自分は価値の発生点にいるのか、それとも回収の中継点にいるのか

    そして、もう一つ問いがある。

    もし今の仕事が止まったとき、困るのは誰だろうか。現場か、利用者か、それとも回収している側か。

    価値を生む仕事ほど、止まった瞬間に社会が困る。だが、その仕事をしている本人は、最も代替可能で、最も交渉力を持たない。

    この構造に気づいたとき、「頑張るべきかどうか」ではなく、「どこに立つべきか」という問いが浮かび上がるはずだ。

    「努力」ではなく、「構造」を見抜くために

    この違和感を、自己責任や感情論で終わらせるのは簡単だ。だが、それでは何も変わらない。

    構造録・第1章では、

    ・なぜ価値を生む側が報われにくいのか
    ・なぜ回収する仕事が強くなるのか
    ・この構造が、どう固定され、再生産されているのか

    を、さらに分解していく。これは、「正しい仕事をしよう」という話ではない。「努力すれば報われる」という慰めでもない。

    世界がどう動いているかを、誤解しないための章だ。

    もしあなたが、「何かがおかしい」と感じたまま働いているなら、ここから先は、その違和感を言語化するための続きを用意している。

    ――構造を知ったあと、同じ場所に立ち続けるかどうかは、あなたが決めればいい。

    👉 構造録 第1章「略奪と創造」を読む