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許し続けた結果、相手がつけあがった話|祈りと行動の構造録

・「許せば分かり合える」
・「怒らずに受け止めれば変わってくれる」

そう信じて、何度も我慢してきた人は多いと思う。強く言い返さず、距離も取らず、相手の事情を考え続けた。

なのに、なぜか状況は良くならない。それどころか、相手の態度はだんだん雑になり、要求は増え、こちらの負担だけが重くなっていく。

おかしい、と感じながらも、「自分の心が狭いのかもしれない」「もっと大人にならなきゃ」と自分を責めてしまう。

でも本当に問題なのは、あなたの優しさや忍耐なのか。許し続けた結果、なぜ相手は反省するどころか、つけあがっていったのか。そこには、感情や性格では説明できない違和感が残る。

「許しは美徳」「赦しが人を成長させる」という説明

一般的には、こう説明されることが多い。人は誰でも未熟で、失敗する存在だ。だから一度や二度の過ちは大目に見るべきだし、赦し合うことで人間関係は成熟する。

厳しく叱ったり、拒絶したりするより、受け入れて寄り添う方が、相手も安心して変わっていける――そんな価値観だ。

宗教や道徳、自己啓発でも「許すこと」は高く評価される。怒りは未熟さの証で、赦しは人としての成長だと教えられてきた人も多いはずだ。

だから、相手が同じことを繰り返しても「今度こそ分かってくれる」「自分が変われば関係も変わる」と信じ続けてしまう。

なぜ、許すほど被害が増えるのか

この説明には、決定的に説明できないズレがある。それは、「許し続けた結果、相手の行動が悪化している」という現実だ。

本当に赦しが成長を促すなら、同じ問題は減っていくはずだ。でも実際には、境界線を越えた要求が当たり前になり、こちらの不満は無視され、相手は何も変わらない。むしろ「この人は何をしても許してくれる」という前提が強化されていく。

ここで起きているのは、心の問題ではない。構造の問題だ。罰や拒否、距離といった「行動によるフィードバック」が一切返ってこない状況では、相手の行動は止まらない。許しが与えているのは、安心でも学びでもなく、「続けても大丈夫」という無言の許可だ。

つまり、あなたが悪いわけでも、相手が特別に悪いわけでもない。

許しだけが繰り返され、行動が修正されない構造の中で、被害が拡大していっただけだ。このズレを理解しない限り、「優しくしたのに傷ついた」という経験は、何度でも繰り返される。

問題は「心」ではなく「構造」にある

ここで一度、見方を変える必要がある。「許せなかった自分が未熟だった」「相手が悪意ある人だった」という感情や人格の話から、いったん離れる。

注目すべきなのは、許しが繰り返された結果、何が起きたかだ。あなたが怒らず、拒まず、距離も取らなかったことで、相手の行動はどう変化したか。改善したか、それとも固定・強化されたか。

人は言葉ではなく、返ってくる現実で学習する。行動しても失うものがなければ、その行動は「許容されている」と認識される。反省や内省が起きるかどうかは、相手の善意に依存しない。構造として、修正がかかるかどうかで決まる。

つまり、問題は「赦しそのもの」ではない。赦ししか存在しない構造が問題だった。

・許し+境界線
・許し+距離
・許し+行動の変化

これらが伴っていれば、結果は違っていた可能性がある。だが現実には、許しだけが供給され、何も変わらなかった。だから相手は学ばず、状況は悪化した。

これは優しさの失敗ではない。行動が修正されない構造の中に、優しさを置いてしまったことが原因だ。


「許し」が被害を拡大する流れ

ここで、この現象を構造として整理する。

構造①|理不尽・侵害的な行動が発生する

無視、過剰な要求、約束破り、暴言、依存。内容は何でもいい。重要なのは「一方に負担が偏っている」という点だ。

構造②|被害者側が「許し」を選ぶ

関係を壊したくない。自分が我慢すれば丸く収まる。相手にも事情があるはずだ。ここで怒りや拒絶、距離は取られない。

構造③|行動に対する不利益が発生しない

相手は失うものがない。立場も関係も変わらず、要求は通り、責任も問われない。

構造④|相手の中で「安全な相手」認定が起きる

この人には何をしても大丈夫。強く出ても関係は切られない。無意識に、行動のハードルが下がる。

構造⑤|行動がエスカレートする

最初は小さな無礼だったものが、当たり前になる。要求は増え、配慮は減り、支配に近づいていく。

構造⑥|被害者側だけが消耗する

疲弊、自己否定、怒れない自分への嫌悪。それでも「自分が悪いのかもしれない」と考えてしまう。


この流れの中で、相手が「つけあがった」のは偶然ではない。そうなるように設計された構造の中に、二人がいただけだ。

ここで重要なのは、「許すな」という話ではない。許しが、行動を変えない形で使われたとき、被害は必ず拡大するという事実だ。

構造を見ないまま優しさだけを使えば、優しい人ほど壊れる。それが、この「許し続けた結果、相手がつけあがっ

あなたは、何を許し続けてきたか

ここまで読んで、少し胸がざわついたなら、それはこの構造がどこか自分の現実に重なっているからだ。

思い出してほしい。何度も飲み込んだ不満。「今回は仕方ない」と流した違和感。関係を壊したくなくて、言えなかった一言。

そのたびに、相手の行動はどう変わっただろう。良くなったか、それとも少しずつ雑に扱われるようになったか。許した結果、相手は学んだか。それとも、「この人なら大丈夫」という前提を強めただけだったか。

そしてもう一つ、重要な問いがある。あなたはその許しで、自分を守れていただろうか

疲れが溜まり、怒れなくなり、期待もしなくなっていないか。「自分さえ我慢すれば」という考えが、当たり前になっていないか。

これは、誰かを責める問いではない。あなたが無意識に入り込んでしまった構造に、気づくための問いだ。

「優しさ」を捨てる必要はなく、構造を知らなかっただけ

ここまで読んでほしいのは、「許すな」「冷たくなれ」という話じゃない。問題だったのは、許しだけで回ってしまう構造の中に、あなたが置かれていたことだ。

構造録 第4章「祈りと行動」では、

・なぜ善意や我慢、赦しが現実を変えないのか
・どうして優しい人ほど動けなくなるのか
・どこで「行動」に切り替えないといけないのか

これらを、感情論ではなく構造として解き明かしている。あなたが壊れなかったのは、弱いからじゃない。ただ、仕組みを知らなかっただけだ。

祈りや許しに留まり続ける人生から、一歩外に出るために。続きは、構造録の中で確認してほしい。

👉 構造録 第4章「祈りと行動」を読む