選別から逃げた文明はなぜ衰退するのか|平等・多様性の限界を構造で読む
平等を掲げ、誰も切り捨てない社会を目指したはずなのに、なぜか全体が弱くなっていく。
競争をなくし、選別をやめ、排除を悪としてきた結果、「生きづらさ」は減るどころか、むしろ増えているように感じないだろうか。
努力しても報われない。能力を持っていても活かされない。責任を取らない人ほど守られる。そんな違和感が社会のあちこちに溜まっている。
本来、文明は発展のために「選ぶ」ことを繰り返してきた。それなのに、選ぶこと自体が悪とされるようになったとき、何が起きているのか。
この章では、「選別を放棄した文明」がなぜ静かに衰退していくのか、その構造を見ていく。
Contents
選別をやめれば、社会は優しくなるという言説
一般的には、こう説明されることが多い。競争や選別は格差や差別を生む。だから排除をなくし、誰もが同じ条件で生きられる社会を作るべきだと。
能力や成果で人を分けるから、敗者が生まれる。評価や序列があるから、傷つく人が出てくる。ならば、最初から選ばない。比べない。落とさない。
この考え方は、一見とても人道的で、正しそうに見える。実際、「誰も置いていかない」という理念は、多くの人に安心感を与えてきた。
だが、その結果として起きている現象──全体の生産性低下、責任の空洞化、挑戦の消失──それらは、本当にこの説明だけで説明できるのだろうか。
選別をやめたのに、なぜ弱くなるのか
問題は、選別をやめた瞬間から、社会が「止まる」ことにある。選別とは、単なる排除ではない。本来は「適応に成功した要素を残す仕組み」だ。
自然界では、強い・弱いではなく、「環境に合ったかどうか」だけが問われる。合わなければ淘汰され、合えば残る。それを繰り返すことで、全体は更新されてきた。
ところが文明が選別を拒否すると、この更新が起きなくなる。能力の差があっても評価されない。成果を出しても報酬が変わらない。責任を負わなくても守られる。
結果として、社会は「適応しない要素」を抱え続ける。それは優しさではなく、停滞だ。
重要なのは、衰退が急激に起きるわけではない点だ。むしろ、ゆっくり、静かに、確実に弱くなる。誰も悪者にならないまま、文明そのものが老いていく。
このズレは、善悪の問題ではない。「構造」の問題だ。
衰退の原因は「思想」ではなく「構造」にある
ここで一度、善悪や思想の話から離れよう。選別が悪い、平等が間違っている、という話ではない。問題は「何を大事にしているか」ではなく、「どう回っているか」だ。
文明は、理想によって維持されているのではない。循環によって維持されている。つまり、適応 → 評価 → 継承 → 更新という流れが止まらず回っているかどうか。
選別をやめた文明では、この循環が途中で詰まる。適応しても評価されない。評価されないから継承が起きない。継承されないから、次の更新が生まれない。
結果として、社会には「過去の構造」だけが残り続ける。誰も排除されないが、誰も更新されない。これは優しさではなく、構造の停止だ。
重要なのは、誰かが意図的に文明を壊しているわけではない点だ。むしろ、多くの場合「良かれと思って」選別を放棄している。だが構造は、意図を考慮しない。
自然界と同じく、構造は結果だけを見る。回らなければ、衰える。それだけだ。
選別を放棄した文明が弱体化する仕組み
ここで、構造録的に整理してみよう。まず、文明が健全に機能しているときの基本構造はこうだ。
環境変化
↓
適応の発生
↓
成果の差
↓
評価・選別
↓
成功要素の継承
↓
次世代への更新
この流れがあるから、文明は「同じ形のまま」でも中身が進化する。一方、選別から逃げた文明では、ここが変わる。
環境変化
↓
適応の発生
↓
成果の差(存在するが認めない)
↓
評価を拒否
↓
継承が起きない
↓
更新停止
差は存在している。だが、存在しないことにされる。
ここが重要だ。差を否定しても、差は消えない。消えるのは「活用」だけだ。するとどうなるか。
・適応しても意味がない
・努力しても報われない
・能力を出す理由がなくなる
・責任を負う価値が下がる
この状態では、適応する個体ほど消耗する。なぜなら、報酬も権限も得られないのに、負荷だけが増えるからだ。
結果として、文明には「適応しない方が楽」という空気が広がる。選ばれないなら、選ばれる努力をしない。責任を取らない方が安全になる。
ここで起きているのは、道徳の問題ではない。インセンティブ構造の崩壊だ。
自然界では、適応しない個体は生き残れない。だが文明では、選別を拒否することで、適応しない要素を温存できてしまう。
その代償として、文明全体の反応速度が落ちる。変化に弱くなり、外圧に耐えられなくなる。これが「静かな衰退」の正体だ。
選別は冷酷に見える。だが、構造的には「更新装置」でもある。それを外した文明は、優しくなる代わりに、老いていく。
あなたの周囲で起きていないか
ここまでの話を、社会や文明の話として読んできたかもしれない。でも、この構造はもっと身近なところでも起きている。
職場で、成果を出しても評価されない。責任を取る人ほど仕事が増え、何もしない人ほど守られる。「揉めないこと」が最優先され、判断や選別が避けられている。
その結果、どうなっているだろう。有能な人ほど疲れ、黙り、去っていないか。空気を壊さない人だけが残り、全体の力が落ちていないか。あるいは、あなた自身が「頑張っても意味がない」、「出る杭になるくらいなら何もしない」。そう感じ始めてはいないだろうか。
もしそうなら、それはあなたの怠慢でも、社会のモラル低下でもない。選別を拒否する構造の中に置かれているだけかもしれない。
重要なのは、そこから何を選ぶかだ。適応し続けて消耗するのか。構造を理解し、距離を取るのか。あるいは、自分で別の循環を作るのか。
問いはもう、外ではなく、あなたの足元にある。
「選別」を語れない時代に、構造で考えるために
構造録は、答えや正義を押しつけるためのものじゃない。「なぜ、こうなるのか」を感情や思想ではなく、構造で解体するための記録だ。
構造録 第5章「種族と血統」では、多様性、平等、共存といった綺麗な言葉の裏で、実際に何が起きているのかを、自然界のロジックから照らしている。
選別は善か悪か、という議論はしない。ただ、選別を外したとき、何が止まり、何が壊れるのかを描いている。もしあなたが、「なぜ努力が報われないのか」、「なぜ社会が鈍くなっているのか」という違和感を抱えているなら、一度、構造として覗いてみてほしい。
感情を否定しないためにこそ、構造が必要になる。それが、構造録の役割だ。
