構造録第3章ー善悪と中庸ー
あなたは、選ばなかったつもりでいないだろうか
私たちはよく、こう言う。
・「どちらの味方でもない」
・「中立でいたい」
・「争いには関わりたくない」
それは一見、冷静で、理性的で、
大人の判断に見える。
だが、本当にそうだろうか。
何も選ばなかったはずなのに、
なぜ状況は悪化するのか。
誰も手を汚していないはずなのに、
なぜ被害者だけが増えていくのか。
この章が扱うのは、
善と悪のどちらが正しいかではない。
「選ばない」という行為(中庸)が、
現実では何を強化しているのか。
その構造そのものだ。
第1節|世界は善悪の二元でできている
私たちの世界では、
多くの判断が二択で迫られる。
やるか、やらないか。
止めるか、見送るか。
声を上げるか、黙るか。
曖昧な態度は存在しても、
結果が曖昧なまま止まることはない。
行動しなくても、
何かは必ず進行する。
この節では、
非行動もまた一つの選択であり、
善悪の流れの中に組み込まれている
という前提を提示する。
第2節|中庸という幻想
「どちらにも与しない」という立場は、
とても賢く見える。
感情的にならず、極端にならず、
バランスを取っているように見えるからだ。
だが現実では、
中立とは判断停止ではない。
すでに存在している流れを、
そのまま通過させる選択にすぎない。
この節では、
中庸がなぜ“理性的な安全地帯”ではなく、
現状維持を選ぶ行為なのかを解体する。
第3節|中庸は、必ず力の強い側を補強する
世界は、
常に力が均等な状態ではない。
・強い立場の者。
・弱い立場の者。
・声が届く者。
・無視される者。
その不均衡の中で、
「様子を見る」という態度を取ると、
何が起きるのか。
判断を保留している間にも、
現実は動き続ける。
この節では、
中立がなぜ弱者を消耗させ、
強者の行動だけを継続させるのか
という残酷な仕組みを扱う。
第4節|「極論」と呼ばれる判断の正体
行動する者は、
しばしばこう呼ばれる。
・「過激だ」
・「極論だ」
・「空気が読めない」
だが、その言葉は何を隠しているのか。
被害が生まれる構造の中で、
何も知らずに加担している人間は、
自分を安全な側に置いたまま、
行動する者だけを攻撃する。
この節では、
「極論」というレッテルが、
どのように責任の所在を曖昧にするのか
を明らかにする。
第5節|優しさは、現実を守らない
人の気持ちを考える。
波風を立てない。
みんなで仲良く。
それらは美しい。
だが、悪意がなくても被害は発生する。
共存という名の我慢は、
片側だけをすり減らしていく。
同じ空間にいる限り、
すでに選択は完了している。
この節では、
優しさが現実では防御にならない理由を、
感情論ではなく構造として描く。
第6節(最終話)|中庸は存在しない
最後に突きつけられるのは、
不快な現実だ。
守られる弱者は、例外にすぎない。
排除されない状態は、中立ではない。
社会は常に、
有望性・適合性で選別している。
この節では、
善悪から降りることはできない
という結論に辿り着く。
選ばないという選択もまた、
どちらかを強化している。
この章で起きること
この章は、正義を与えない。
どちらが正しいかも決めない。
優しい答えも用意しない。
その代わりに、
「中立でいるつもりだった自分」が、
実は何に加担していたのかを突きつける。
読み終えたあと、
もう「関係ない」とは言えなくなる。
この章は、次のような人には向いていません
・争いから距離を置いていたい人
・自分は中立だと思っていたい人
・優しさが報われると信じたい人
・行動する人を「過激」と呼びたい人
・価値観を揺さぶられるのが苦手な人
この章は、あなたを肯定しない。
安心させない。
逃げ道も用意しない。
それでも、ここまで読んだあなたへ
もし今、
・「中立でいるつもりだったのに」
・「何かを見ないふりしていた気がする」
そう感じているなら。
その違和感こそが、この章の入口だ。
有料部分では、
・なぜ中庸という幻想が生まれるのか
・なぜ人は行動する者を叩くのか
・自分がどの流れを強化しているかを
どう見抜けばいいのか
その構造を、
さらに深く掘り下げていく。
※ここから先は、無料では読めません。
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👉 「選ばない」という言い訳を捨てる覚悟が必要です。
