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大人になるほど「選ばない」という選択をしてしまう理由|中立という幻想の構造

若い頃は、もっとはっきり意見を言えていた気がする。納得できないことには反発できたし、間違っていると思えば声も上げられた。

それなのに、大人になるほど「今回は様子を見よう」「今は動かないほうがいい」と、選ばない判断が増えていく。

誰かと衝突したくないわけでも、考えていないわけでもない。むしろ、よく考えた末に「選ばない」という結論に落ち着いている感覚すらある。

だが、その結果、状況は良くなっただろうか。問題は解消されただろうか。多くの場合、答えはNOだ。

何も決めていないはずなのに、なぜか後から「取り返しがつかない」と感じる。大人になるほど増えるこの違和感は、意志の弱さでは説明がつかない。

大人は賢くなるから選ばないという言説

この現象について、一般にはこう説明されることが多い。

・「大人になると経験を積むから、軽率に動かなくなる」
・「感情で判断せず、全体を見て冷静になる」
・「極端な意見に流されなくなるのは成熟の証だ」

たしかに一理ある。衝動的な行動が減り、物事を多角的に考えられるようになるのは成長でもある。

だから、「選ばない」という態度は、理性的、バランスが取れている、大人らしいものとして評価されがちだ。

実際、「どちらでもない」と言える人ほど、場を荒らさない、空気を読める、穏健な人物として扱われる。だが、この説明だけでは説明しきれない現象がある。

選ばないほど、責任は重くなるというジレンマ

もし「選ばない=賢さ」なら、大人になるほどトラブルは減っているはずだ。

だが現実は逆だ。職場、家庭、組織、社会――決断を先送りした結果、問題が悪化している場面はあまりに多い。

しかも、選ばなかった人ほどこう言う。

・「自分は何もしていない」
・「どちらの味方でもない」
・「決めたのはあの人たちだ」

だが、結果は確実に進行している。弱い立場の人が消耗し、声の大きい側が得をする方向へ。

ここにズレがある。選ばないことは、現実では「何もしない」ではない。むしろ、今ある流れをそのまま通す選択になっている。

大人になるほど「選ばない」を選んでしまうのは、賢くなったからではない。選んだ結果を引き受ける責任が、あまりにも重くなる構造に、身を置くようになるからだ。

このズレは、個人の性格ではなく、立場と構造の問題として考え直す必要がある。

「選ばない性格」ではなく「選ばされる構造」を見る

ここで視点を切り替える必要がある。大人になるほど「選ばない」という選択をしてしまうのは、個人の弱さや優柔不断さが原因ではない。

問題は、選ぶことにコストが発生する構造の中に置かれていることだ。

若い頃は、選んで失うものが少ない。立場も固定されておらず、評価も流動的で、間違えたとしても「経験」で済まされる。

だが大人になると、選択には常に「失う可能性」が紐づく。

・職場での評価
・人間関係
・これまで積み上げてきた立場
・生活の安定

一つの判断が、これらすべてを揺らす可能性を持つ。この状態で「選べ」と言われると、人は慎重になる。慎重というより、判断から降りる位置を選ぶ。

重要なのはここだ。選ばないという態度は、自由な中立ではない。「選ばないほうが損をしないよう設計された場所」に人が集められているだけだ。

つまり、大人になるほど選ばなくなるのは、成熟ではなく、構造に適応した結果である。

この構造を見ない限り、「もっと勇気を出せ」「主体性を持て」という言葉は、ただの精神論で終わる。

小さな構造解説|なぜ大人は「選ばない位置」に配置されるのか

ここで、簡単な構造として整理してみる。まず前提として、社会の多くの場面は対立か選択が発生してから動く。意見が割れる。利害がぶつかる。どちらかを通す必要が出てくる。この時点で、本来はこうなる。


対立の発生
 ↓
判断(AかB)
 ↓
行動
 ↓
結果と責任


だが、大人が置かれる現実では、この流れの途中に「安全地帯」が作られる。

それが、様子を見る、中立でいる、どちらの意見も理解できるというポジションだ。構造的にはこう変形される。


対立の発生
 ↓
「判断しない」という選択肢の提示
 ↓
既存の流れが継続
 ↓
結果は進行するが、判断者は曖昧になる


ここで重要なのは、結果だけは必ず進むという点だ。判断を保留している間にも、強い側は行動を続け、弱い側は消耗し、現状は固定されていく。

選ばなかった人は、「自分は関与していない」と感じやすい。だが実際には、止めなかったことで結果を許可している

では、なぜこの「判断しない位置」が、大人にとって魅力的になるのか。理由は単純だ。

・責任が見えにくい
・敵を作りにくい
・短期的には損をしない
・評価を下げにくい

つまりこれは、構造的に報酬が用意されたポジションだ。大人になるほど、守るものが増え、失うものが重くなる。その結果、「判断しないこと」が最も合理的に見える選択になる。

だが、この合理性は長期的には逆効果だ。選ばないことで問題は蓄積し、最終的に、「なぜあのとき決めなかったのか」という形でより重い負債として戻ってくる。

大人が「選ばない」を選び続けるのは、怠慢ではない。構造がそう動くように設計されている。だからこそ必要なのは、性格を責めることではなく、自分が今どの位置に配置されているかを自覚することだ。

あなたは「選ばなかった」のか?「選ばされた」のか?

ここまで読んで、思い当たる場面はないだろうか。

本当は違和感があったのに、「今は波風を立てるタイミングじゃない」と黙ったこと。明らかにおかしい流れを感じながら、「自分が言う立場じゃない」と距離を取ったこと。

どちらかを選べたはずなのに、「判断材料が足りない」と先延ばしにしたこと。そのとき、あなたは「中立」でいられただろうか。

実際には、何も選ばなかった間にも状況は進み、誰かが消耗し、何かが固定されていったはずだ。では問い直してほしい。

・選ばなかったことで、得をしたのは誰だったか
・選ばなかったことで、失ったものは何だったか
・その判断は、本当に自由だったか
・もし今も同じ状況が続いているなら、
 あなたはまた「選ばない」を選ぶだろうか

この問いは、「もっと勇気を出せ」という話ではない。自分がどの構造の中に立っているかを確認するための問いだ。

「選ばない癖」を責める前に、構造を知ってほしい

大人になるほど「選ばない」を選んでしまうのは、意志が弱いからでも、冷酷だからでもない。そう動くほうが損をしにくい構造の中に長く置かれてきただけだ。

だから必要なのは、自分を叱咤することではなく、構造を言語化することだ。

構造録 第3章「善悪と中庸」では、

・中立がなぜ現状を強化するのか
・なぜ優しさや配慮が消耗に変わるのか
・「選ばない」という選択が、どちらを補強してしまうのか

を、感情論ではなく構造として整理している。もし、「なぜかいつも後から苦しくなる」、「関わらなかったはずなのに、疲弊している」という感覚があるなら、それはあなたの問題ではない。

構造を知れば、次にどこで立ち止まり、どこで選ぶべきかが見えるようになる。

👉 構造録 第3章「善悪と中庸」を読む