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人間関係

嘘を守る側に回ってしまう大人の心理構造|沈黙と正しさのすれ違い

気づいたら、自分が「嘘をつく側」ではなく、「嘘を守る側」に立っていた──そんな感覚を覚えたことはないだろうか。

明らかにおかしい話なのに、「まあ仕方ないよね」と口にしてしまう。理不尽な状況なのに、「今さら波風を立てても」と飲み込んでしまう。

子どもの頃は、嘘を嫌っていたはずだ。間違いは間違いだと言いたかったはずだ。それなのに、いつの間にか真実を語る人より、嘘を維持する人を「大人」と感じてしまう自分がいる。

これは意志の弱さだろうか。それとも、現実を知った結果なのだろうか。だが、もしそれが「性格」や「大人になったから」では説明できない現象だとしたら?ここに、一つの違和感がある。

「大人だから仕方ない」という物語

この現象について、よく語られる説明はこうだ。大人になると、現実が見えるようになる。理想だけでは生きていけないことを知る。全員が正直でいられるほど、社会は単純ではない。

だから、波風を立てない、場を壊さない、全体を守るために黙る。それが「成熟した判断」なのだと。

嘘を暴くことより、嘘がもたらす混乱を防ぐことを優先する。真実よりも、秩序や安定を選ぶ。この説明は、確かに一理ある。現実社会には、感情論だけでは解決できない問題も多い。

だが、この説明にはある決定的な問いが欠けている。なぜ、その「現実的判断」を下した人ほど、どこかで自分を裏切ったような感覚を抱くのか。

嘘を守っているのに、救われない理由

もし本当に、嘘を守ることが「賢さ」や「成熟」なのだとしたら、その選択をした人は、もっと楽であるはずだ。だが実際にはどうだろう。嘘を守ったあと、

・言葉が重くなる
・誰かを見下したくなる
・本音を語る人に苛立つ

そんな感情が生まれることが多い。これはおかしい。合理的な判断をしたのなら、納得や安定が生まれるはずだ。なのに、残るのは疲労感と自己嫌悪だ。

さらに奇妙なのは、嘘を守る人ほど「正しさ」を語り始める点だ。「現実を分かっていない」、「理想論だ」、「大人になれば分かる。」まるで、誰かを説得することで、自分を納得させようとしているかのように。

ここでズレが生じる。嘘を守っているのは、社会のためでも、誰かのためでもなく、自分が壊れないためではないのか。

もしそうだとしたら、これは道徳や成熟の問題ではない。もっと別の──構造の問題なのではないだろうか。

「構造」で見ると、嘘は“守られている”のではなく“機能している”

ここで視点を切り替える必要がある。嘘を守る大人を、「ずるい人」「弱い人」「汚れた大人」として見る視点を、一度脇に置いてほしい。

問題は、その人の人格ではない。問題は、嘘が成立し続ける構造だ。嘘とは、本来とても脆いものだ。一人が否定すれば壊れる。事実を突きつければ終わる。

それでも嘘が長期間、生き延びる場がある。そこでは、誰かが積極的に嘘を広めているわけではない。むしろ、多くの人が「黙っている」だけだ。このとき、嘘は「隠されている」のではなく、役割を持って機能している

・波風を立てない
・責任の所在を曖昧にする
・過去の判断を正当化する
・誰も決断しなくて済む状態を保つ

嘘は、場の安定装置として働く。そして大人は、嘘を守っているつもりで、実際にはその構造を維持する歯車になっている。

だからこそ、嘘を守ったあとに違和感が残る。それは道徳的な後ろめたさではない。自分の判断が、構造に吸収された感覚なのだ。

「嘘を守る側」に回るまでの心理構造

ここで、嘘を守る側に回ってしまう流れを、構造として整理する。


【構造①】違和感の発生

最初に起きるのは、小さな違和感だ。

・おかしい
・納得できない
・説明が雑すぎる

この段階では、多くの人が真実に近い場所に立っている。

【構造②】発言コストの増大

次に、人は周囲を見始める。

・これを言ったらどうなるか
・自分が悪者にならないか
・空気を壊さないか

ここで、真実を語るコストが急激に跳ね上がる。重要なのは、嘘をつくメリットではなく、真実を語るデメリットが意識され始める点だ。

【構造③】沈黙という選択

人は、嘘を肯定しなくてもいい方法を見つける。それが「沈黙」だ。

・何も言わない
・判断を保留する
・どちらでもない顔をする

この時点で、本人は「自分は嘘をついていない」と感じている。だが、構造上は違う。沈黙は、嘘が流通することを妨げなかったという点で、すでに嘘の側に組み込まれている。

【構造④】正当化の発生

沈黙が続くと、人は不安になる。そこで生まれるのが、正当化だ。

・現実的判断
・大人の対応
・今は時期が悪い

これは他人に向けた説明であると同時に、自分自身を守るための物語でもある。

【構造⑤】嘘を守る側への転化

最終段階では、立場が反転する。真実を語ろうとする人に対して、

・空気を読め
・理想論だ
・迷惑だ

そう感じ始めたとき、人は完全に「嘘を守る側」に回っている。ここで起きているのは堕落ではない。責任を引き受けない構造への適応だ。


【結論】

大人が嘘を守るのは、真実が嫌いだからではない。悪意があるからでもない。真実を語ると、

・判断が必要になる
・責任が発生する
・関係が壊れる可能性が出る

その負荷を構造が個人に押し付けているだけだ。だから、嘘を守ったあとも救われない。構造の中で、自分の判断を失っているからだ。

あなたは、どの瞬間に沈黙したか

ここまで読んで、「ひどい大人の話だ」と感じたかもしれない。あるいは、「自分はそこまでではない」と思ったかもしれない。

では、少しだけ立ち止まって考えてほしい。あなたはこれまで、「それはおかしい」と思いながら、口にしなかった場面はなかっただろうか。

・空気が悪くなりそうだったから
・面倒な人だと思われたくなかったから
・自分が言う立場ではない気がしたから

その沈黙のあと、状況はどうなっただろう。問題は解決しただろうか。それとも、形を変えて残り続けただろうか。そして、後から誰かが声を上げたとき、あなたはその人をどう見ただろう。

・「正しいけど、やり方が悪い」
・「今さら言っても仕方ない」

そんな言葉が頭に浮かばなかっただろうか。もしそうなら、あなたは嘘をついたわけではない。だが、嘘が続く構造の中に、確かに立っていた。

この問いは、あなたを責めるためのものではない。ただ、どの地点で判断を手放したのかを自分自身で見つけるための問いだ。

「嘘と真実」を感情ではなく、構造として理解するために

この章で扱っているのは、「誰が悪いか」ではない。なぜ、

・正しいことが言えなくなるのか
・嘘だと分かっていて守ってしまうのか
・沈黙が連鎖するのか

その再現可能な構造だ。構造が見えない限り、人は何度でも同じ場所で沈黙する。そのたびに、「自分は弱い」と誤解する。

構造録第2章「嘘と真実」では、嘘が生まれ、守られ、固定されていく流れを感情や善悪から切り離して記述している。

もしあなたが、「なぜあの時、何も言えなかったのか」その理由をちゃんと理解したいと思ったなら。それは性格の問題ではない。あなたが巻き込まれていた構造の問題だ。

続きを知りたい人は、ぜひ構造録そのものに触れてほしい。そこには、責めも答えもない。あるのは、次に同じ場面に立ったとき、判断を取り戻すための視点だけだ。

👉 構造録 第2章「嘘と真実」を読む