1. HOME
  2. 多様性・移民
  3. なぜ同族婚は今も残り続けているのか|分かり合えない関係の構造
多様性・移民

なぜ同族婚は今も残り続けているのか|分かり合えない関係の構造

・「価値観が合う人と結婚した方がうまくいく」
・「似た家庭環境同士の方が衝突が少ない」

こうした言葉を、どこかで聞いたことがあるはずだ。それを突き詰めていくと、最終的に行き着くのが「同族婚」という形になる。

現代社会では、同族婚はしばしば「閉鎖的」「時代遅れ」「排他的」と語られる。多様性が重視される今、むしろ避けるべきものだという空気すらある。

それでも現実には、

・地元同士
・家業同士
・宗教や文化が同じ家系
・価値観や生活様式が酷似した家庭

こうした組み合わせの結婚は、今も静かに、確実に残り続けている。

なぜ「もう必要ないはずの形」が、淘汰されないのか。なぜ理想とは逆の選択が、現実では繰り返されるのか。そこには、道徳や好みでは説明できない“違和感”がある。

「楽だから」「保守的だから」という理解

同族婚が残る理由として、一般的には次のように説明されることが多い。

・知らない文化に飛び込むのが怖いから
・新しい価値観を学ぶのが面倒だから
・家同士の関係を壊したくないから
・田舎や保守的な地域だから
・親世代の圧力が強いから

つまり、「変化を避けたい人たちの選択」だという見方だ。

この説明は、一部では確かに当てはまる。だが、それだけでは説明できない事実がある。同族婚は、教育水準が高い層、経済的に安定している層、グローバルな情報に触れている層、こうした人たちの間でも、形を変えて存続している。

もし本当に「楽だから」「視野が狭いから」だけが理由なら、知識や選択肢が増えた社会で、自然に消えていくはずだ。しかし、そうはなっていない。

残るのは“合理性がある形”だけ

同族婚が残り続ける最大の違和感は、「結果として、破綻しにくいケースが多い」という点にある。

・価値観
・生活リズム
・金銭感覚
・親族との距離感
・子育ての前提

これらがあらかじめ揃っている関係では、努力によるすり合わせがほとんど必要ない。一方、異文化・異価値観同士の結婚では、

・どちらかが合わせ続ける
・どちらかが我慢する
・調整役が固定される

という構造が生まれやすい。

つまり、同族婚が残る理由は「排他的だから」ではなく、「消耗が少ない構造だから」だ。

理想論では「違いを乗り越える愛」が称賛される。だが現実では、関係は感情よりも構造で壊れる。

同族婚は、努力を美徳としない。最初から“衝突しにくい配置”を選ぶ。このズレを直視しない限り、
同族婚が消えない理由は見えてこない。

同族婚は「思想」ではなく「構造」で選ばれている

同族婚が残り続ける理由を理解するには、「価値観」「倫理」「好き嫌い」という視点を一度、横に置く必要がある。重要なのは、人は正しさではなく“消耗しにくい構造”を選ぶという事実だ。

結婚や共同生活は、愛情よりも日常の連続で成り立つ。そして日常は、感情ではなく「前提のズレ」によって摩耗していく。同族婚とは、

・文化
・生活リズム
・金銭感覚
・家族観
・衝突時の処理方法

こうした前提条件が、あらかじめ揃っている配置だ。ここで重要なのは、分かり合う努力がいらないことが、最大のメリットだという点。

異なる背景を持つ者同士が関係を続ける場合、理解・調整・譲歩という作業が必ず発生する。そしてその役割は、往々にしてどちらか一方に固定される。

同族婚は、それを最初から回避する。努力による克服ではなく、配置による回避を選ぶ構造なのだ。だから同族婚は「思想」ではなく、摩擦を最小化するための構造的選択として、今も残っている。

同族婚が生き残る仕組み

ここで、同族婚が残り続ける構造を、シンプルに分解してみる。

▼ 基本構造


価値観・文化・生活前提が近い
 ↓
調整・翻訳・説明が不要
 ↓
日常的な摩擦が少ない
 ↓
関係の維持コストが低い
 ↓
長期的に破綻しにくい


これが、同族婚の最も単純な構造だ。

▼ 異文化婚・異価値観婚との対比

一方、異なる背景同士の場合はこうなる。


違いの存在
 ↓
理解しようとする努力
 ↓
片側が翻訳役・調整役になる
 ↓
消耗の偏りが生まれる
 ↓
不満の蓄積 or 関係崩壊


ここで問題なのは「違い」そのものではない。違いを処理する役割が、固定化されることだ。多くの場合、

・感情を飲み込む側
・合わせる側
・空気を読む側

この役割は一人に集中する。そして、その人から先に壊れていく。

▼ 同族婚が持つ「非ロマン的な強さ」

同族婚は、ロマンチックではない。だが、極めて現実的だ。

・衝突が起きにくい
・起きても対処方法が似ている
・「普通」の定義が近い
・親族関係の摩擦が少ない

これらはすべて、感情ではなく構造の話だ。だから同族婚は、「排他的だから残った」のではない。消耗しにくい構造だったから残った。

そして自然界と同じく、人間社会でも最終的に残るのは、理念ではなく、持続可能な配置なのだ。

それは努力不足か、それとも配置の問題か

ここまで読んで、もし胸に引っかかるものがあるなら、それはあなたが「分かり合おうとしてきた側」だからかもしれない。

・価値観の違いを説明し続けてきた
・相手に合わせるのが当たり前になっていた
・「私が大人になれば丸く収まる」と思っていた
・違和感を感じるたびに、自分を疑ってきた

ここで、ひとつだけ問い直してほしい。それは本当に、努力で埋めるべき違いだったのか?

もし、理解しようとする役割、空気を調整する役割、衝突を回避する役割。これらが常にあなた側に偏っていたなら、それは「相性」や「愛情」の問題ではない。構造として、あなたが消耗する配置に置かれていただけだ。

同族婚の話は、「どちらが正しいか」を決めるためのものではない。「どこに無理が集中しているか」を見抜くためのヒントだ。

あなたが疲れたのは、優しさが足りなかったからでも、努力が足りなかったからでもない。配置が、最初から片側に負荷をかける形だっただけだ。

「分かり合えなかった理由」を個人のせいにしないために

構造録 第5章「種族と血統」では、今回触れた同族婚の話を恋愛、結婚、家族、共同体、社会構造、これらすべてに拡張して解説している。

・「なぜ努力する人だけが壊れるのか」
・「なぜ分かり合えない関係が、繰り返されるのか」
・「なぜ“選別”という言葉が、タブーになったのか」

それらを、善悪や感情論を一切使わず、構造として、冷静に分解している。もしあなたが、これ以上自分を責めずに現実を理解したいなら、この章はきっと役に立つ。

分かり合えなかった過去を「失敗」ではなく「配置の問題」として回収するために。

👉 構造録 第5章「種族と血統」を読む