なぜ周囲は正しい人を守らないのか|正論が孤立する職場の構造
職場や組織で、明らかに正しいことを言っている人がいる。問題点を冷静に指摘し、全体にとってプラスになる提案をしている。
それなのに――気づけば、その人は一人になっている。周囲は黙り込み、誰も味方をしない。あげくの果てには「空気が読めない人」「面倒な人」として距離を置かれる。
おかしくないだろうか。本来、正しいことを言う人こそ守られるべきではないのか。それなのに現実では、「正しい人が叩かれ、周囲は見て見ぬふりをする」という光景が、何度も繰り返される。
この違和感は、個人の勇気や優しさの問題では説明しきれない。
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「みんな怖かっただけ」という言説
この現象について、よく語られる説明はこうだ。
・「周りの人も、本当は正しい人だと思っていた」
・「でも、巻き込まれるのが怖かっただけ」
・「立場を失うリスクを取れなかったのは仕方ない」
つまり、保身、自己防衛、勇気不足といった“個人の心理”に原因を帰結させる説明だ。
確かに一理はある。組織の中で声を上げることにはリスクがあるし、全員がヒーローになれるわけでもない。だから「守らなかった人たち」を責めるのは酷だ、という空気が生まれる。
だが、この説明には決定的に説明できない点が残る。
なぜ“全員”が黙るのか
もし本当に問題が「勇気のある人が少なかった」だけなら、一人くらいは味方が現れてもおかしくない。全員が全員、同じタイミングで沈黙を選ぶだろうか。
しかも不思議なことに、その正しい人がいなくなった後、周囲は急に「実は前からおかしいと思っていた」と語り出すことすらある。
これは偶然ではない。個人の臆病さが重なった結果でもない。
むしろここには、「正しい人を守らない方が合理的になる構造」が存在している。守らないのではなく、守れないように配置されている。
このズレに気づかない限り、同じ光景は、何度でも再生産される。
「人が冷たい」のではなく「構造がそうさせている」
ここで視点を一段引き上げる必要がある。周囲が正しい人を守らなかった理由を、「性格」「勇気」「道徳心」の問題として見続けても、答えは出ない。
重要なのは、その組織では「正しい人を守らない方が合理的」になっているという事実だ。
組織は、善悪で動いていない。動いているのは
・立場
・序列
・責任の所在
・評価系
・既存の均衡
こうした“見えないルール”だ。
正しい人を守るという行為は、感情的には「良いこと」でも、構造的には「リスクの高い行動」になっている場合がある。
つまり周囲は、正しい人を「見捨てた」のではない。守るという選択肢が、構造上ほぼ存在しなかったのだ。
ここで初めて見えてくるのが、「誰が悪いか」ではなく「なぜそう動くしかなかったのか」という問いである。
なぜ正しい人は“守られないポジション”に置かれるのか
構造を簡略化すると、次の流れになる。
① 正しい人が問題を指摘する
↓
② 問題は「個人」ではなく「仕組み」に触れてしまう
↓
③ 仕組みを守る側(上位・多数派)が脅威を感じる
↓
④ 周囲は「巻き込まれたくない層」になる
↓
⑤ 沈黙が最も安全な選択になる
この時点で、「正しい人を守る=自分も敵に回る」という等式が成立してしまう。さらに厄介なのは、周囲の人間が“悪意を持っていない”ことだ。彼らはこう考える。
・今は様子を見るべき
・自分一人が声を上げても変わらない
・あの人は正しいけど、やり方が悪い
・空気を乱したのは事実
こうして問題は、「正しさ」ではなく「態度」「空気」「協調性」へとすり替えられる。結果、構造は一切傷つかず、正しい人だけが「浮いた存在」になる。
重要なのはここだ。この流れは、誰か一人の意思で止められるものではない。正義が負けるのは、力が足りないからではない。最初から、勝てない配置に置かれているからだ。
あなたは「守られなかった側」かもしれない
少しだけ、自分の過去を思い出してほしい。職場や組織で、
・おかしいことをおかしいと言った
・誰かの代わりに声を上げた
・仕組みそのものに疑問を投げた
そのとき、周囲はどうだっただろうか。明確に敵対されたわけではない。ただ、
・距離を置かれた
・話題を変えられた
・「まあまあ」と流された
・最終的に一人になった
もしそうなら、それは偶然ではない。
あなたが未熟だったからでも、伝え方が下手だったからでもない。「正しい人が孤立する構造」に、あなたが入っていただけだ。
そして忘れてはいけないのは、その場で沈黙していた人たちも、別の意味で「構造の被害者」だった可能性があるということだ。
問いはここに集約される。あなたは悪かったのか?それとも、その正しさが“置いてはいけない場所”に置かれていただけなのか?
正義が負ける理由を「自分のせい」にしないために
構造録 第6章「正義と滅亡」は、正しい人が潰される物語を美談にもしないし、「それでも頑張れ」とも言わない。
ただ一つ、徹底しているのは、正義が負ける仕組みを、感情ではなく構造で解体することだ。
なぜ守られなかったのか。なぜ孤立したのか。なぜ結果的に負ける配置に置かれていたのか。それが分かれば、少なくとも「自分が間違っていたのでは」という誤解からは解放される。
この章は、報われなかった正しさを肯定するためのものではない。次に同じ構造に飲み込まれないための地図だ。
気になるなら、構造録本編で続きを読んでほしい。正義が滅びる理由を知ることは、自分を守ることでもある。
