歴史的史実は出したかった
記録者:暁月 魔鬼真
生成録 第二記
「歴史的史実は出したかった」
記録者:魔鬼真 暁月
ストーリー作品を作る上で、
私は一つの判断に長く迷っていた。
歴史上の人物や史実を、どこまで出すべきか。
神格反転という言葉の通り、
この作品の根幹にあるのは
「反転」というテーマだ。
正しいとされてきたものは、本当に正しいのか。
間違いだと切り捨てられたものは、本当にそうだったのか。
私は長い時間、
「なぜ社会はここまで歪になっているのか」
という問いを追い続けてきた。
最初のきっかけは、
ある一冊の本だった。
人の心をどう理解するか、
傷ついた心をどう扱うか。
そうしたテーマを扱った本を、
学生時代に何冊も読み漁った。
だが、読み進めるほどに、
一つの違和感が残った。
心だけを見ても、説明がつかない。
学校、会社、制度、評価の仕組み。
人を取り巻く「環境」そのものに
歪みがあるのではないか、と。
そこから私は、
今の社会を形作っている制度や法律、
それが生まれた背景や歴史を調べ始めた。
調べれば調べるほど、
単純な善悪では説明できない事例が出てくる。
ある人物は、
「理想論者」として排除されていた。
またある人物は、
「正義の象徴」として語られていた。
だが、残された言葉や実践を辿ると、
その評価が一面的であることにも気づかされる。
私は次第に、
歴史そのものよりも、
歴史がどう語られてきたかに
興味を持つようになった。
正直に言えば、
私は史実をそのまま扱いたかった。
だが、過去にそれを試みた結果、
伝わる前に止まることもあった。
議論になる。
争いになる。
肝心の「考える余地」だけが消えていく。
どれだけ正確であっても、
どれだけ誠実であっても、
届かなければ意味がない。
それを、何度も思い知らされた。
そこで私は、
史実を「説明」することをやめた。
代わりに、
物語の中に、思考だけを残す
という方法を選んだ。
人物の名前は出さない。
出来事も、そのままはなぞらない。
ただ、
彼らが何を考え、
どんな選択をしたのか。
それを、
架空の世界とキャラクターに託す。
人は、
自分で選んだ物語なら、
それを自分の中で受け止められる。
だが、
押し付けられた正しさには、
どうしても抵抗が生まれる。
だから私は、
直接語らないことにした。
歴史的史実は出さない。
だが、
歴史から拾った思考は、
物語の奥に置いておく。
それをどう受け取るかは、
読者に委ねる。
その方が、
この作品は長く生きられると
判断したからだ。
これは、
正しさを隠すための選択ではない。
伝えるために、形を変えた。
それだけの話である。
