初投稿としての挨拶
記録者:暁月 魔鬼真
これは、
神格反転という作品が「完成する前」に通ってきた思考の記録だ。
正しさを語る場所ではない。
成功談を書く場所でもない。
なぜこの形になったのか。
なぜ別の道を選ばなかったのか。
その途中経過を残すための場所である。
初めての投稿になる。
私は、どこかの会社で働いたり、
事業を立ち上げたり、
また会社に戻ったりと、職種を転々としてきた。
そして今は、
この「神格反転」という活動に勤しんでいる。
正直に言えば、
こんなことをしている時点で、
社会不適合者だと思われても仕方がないだろう。
職を転々とすればキャリアは積み上がらない。
創作活動など、博打のようなものだ。
大金が入る保証もない。
それでも、
私にはどうしても無視できない感情があった。
この作品を作り上げるまでの過程で、
私は多くのものを見てきた。
何度も、自分の理想を見つけようとしてきた。
その中で、
「こうすれば社会は豊かになるのではないか」
という仮説が、自分の中に確かに生まれた。
人類の歴史を徹底的に調べた結果、
人類には、実際に繁栄する術が存在していたと
私は考えている。
だが、その術は、
今の世界では意図的に剥奪されている。
少なくとも、私はそう見ている。
かつて私は、
それらの情報を言葉として発信していた時期があった。
しかし、ある時点で、
その発信は断念せざるを得なくなった。
発信を続ける中で、
一つの事実に気づいたからだ。
人というのは、真実を遠ざけようとする生き物である。
正しい言葉であっても、
ただ指摘するだけでは届かない。
むしろ、
拒絶され、無視され、
ときには消される。
同じように気づいた人たちも、
発信しようとしては消えていった。
不適切発言。
規約違反。
誤解。
難易度は、想像以上に高かった。
そこで、私は理解した。
「俺の話を聞いてくれ」
「わかってほしい」
この姿勢そのものが、
すでに相手目線ではないのだと。
人は、
与えられた答えでは動かない。
人は、
自分で選び取った選択だけを受け入れる。
心理学では、
これを「一貫性の原理」と呼ぶ。
正しい言説であっても、
上から与えられた瞬間に、
それは拒否される。
だから私は、
創作という形式を選んだ。
物語であれば、
読むかどうかを選べる。
構造録であれば、
考えるかどうかを選べる。
選択権を、
最初から読者に委ねることができる。
神格反転の物語や構造録では、
一つの答えを押しつけるつもりはない。
ただ、
別の見方を置いているだけだ。
何を選ぶかは、
読者自身に委ねられている。
神格反転を作るまでに、
私は何度も、作っては壊し、
作っては壊すことを繰り返した。
正直、
もっと一直線にやりたかった。
古都大学を出たことも、
今となってはどうでもいい。
格好のいい経歴とは言えないだろう。
だが、
あの場所で
「考え続けること」だけは学んだ。
もしそれがなければ、
ここまで物事を疑い、
構造として捉えることはできなかったと思う。
私は、諦めることができない。
国家全体が殺伐とする社会ではなく、
皆が裕福になり、
できる限り穏やかに暮らせる社会を
本気で見たいと思っている。
この生成録は、
答えを渡すためのものではない。
だが、
考え続ける姿勢だけは隠さない。
それが、
この世界を覗くあなたへの、
最低限の誠実さだと思っている。
