創造行為は大切だが…創造者全員が尊いという思想には違和感を持つ
創造行為は尊いものなのは、重々承知ですけど、だからと言って、クリエイターの活動がすべて尊いかって言われると、私には疑問符がつきます。
農業や漁業とか、家電とか、家具とか、そういったものはいいですよね。確実に誰かの役に立つので。
いや、もちろん、不味かったり、腐っていたり、不良欠陥品だったりしたら、役に立たないので、それはダメなわけですけど。
小説とか、アニメとか、漫画とか、そのほかにも記者の書く文章とか。
ブレイクしたり、何度も読み直される名作とかであれば、価値はあるかもしれないですけど、そうでなければ、その行為は多くの人の役に立つわけではありません。
一部の人に楽しまれたとかって言えば、美談ですけど。
私の記事や文章に関しても、たくさんの人に読まれたり、何度も読み直されたり、何かしら、その方の人生にプラスになったり、心の栄養になっているならいいですけど、そうでない文章なんて、私のオナニーにすぎません。
それがいけないわけではありません。何度も失敗したりする中で、ようやく価値があるものができたりするわけですから。
でも、そうではないなら、それは自己満足の世界なわけです。
農業とか、工場とか、大工とか、肉体労働って汗水垂らして、人の役に立つものを生み出しています。
不良品が混じっていることはあっても、大半は役に立つものなので、そういう意味ではお堅い仕事です。
最も凶作になれば、その時、農家や漁業の方々は収入がなくなります。
クリエイターの場合は、凶作って、ヒットの作品が出ない状況と一緒なわけですが…。
この間って、お金を出すだけの価値はないって判断されているわけですよね。
私もそうです。お金を出す価値はないと思われている状況が続いていました。
儲からないっていうのは、金を出すに値しないってことです。
つまり、価値は出せないということです。当然です。子どもの落書きに、大金を支払う人はいないように。腐った野菜を購入する人がいないように。価値がないとみなされたものを生み出す行為は、この世界では評価されません。
最もお金を出す価値があると錯覚させて金を出させる詐欺師のような人はいますけど、基本的には、人は価値がないと判断したものにお金を出しません。
そういう意味では、クリエイターが全員尊いとも言えないのではないかと、私は思ってしまいます。
もしも生活するという観点で言えば。趣味で続けているとか、自分が満足ならそれで良いなら、全然それはそれで構わないと思います。事実として、何かを作るのは楽しいと感じる人にとっては楽しいものです。
ストレスを解消したり、自分の中に溜まっているものを文章や絵で吐き出すことで、いろいろと整理がついたりしますから。
最もそんな期間を経ないと、良い作品が生まれないという一面があるのも事実。難しい問題ですね。
