搾取の歴史|人はいつから他人の労働と富を奪うようになったのか

人は、いつから他人の労働と富を奪うようになったのでしょうか。
結論からいえば、「この年に搾取が始まった」と特定することはできません。
食べ物や道具を力ずくで奪う行為、集団内で弱い者に負担を押しつける行為は、農耕以前にも存在した可能性があります。定住型の狩猟採集社会の中には、身分差や奴隷制に近い関係を持った社会もありました。
ただし、同じ集団が、同じ人々から、労働の成果を継続的に取り上げる制度が大きく発達したのは、定住と農耕が広がり、食料を保存し、土地や家畜を所有できるようになってからです。
約1万年前から広がった農耕は、余剰を生み出しました。余剰は飢饉に備える蓄えにもなりましたが、同時に、他人が管理し、徴収し、独占できる富にもなりました。
さらに紀元前4千年紀から3千年紀に都市と古代国家が成立すると、税、貢納、賦役、債務奴隷、戦争捕虜の強制労働など、搾取は記録と法律を備えた制度へ変わっていきます。
その後、人類は奴隷制を廃止し、農奴を解放し、労働法や社会保障を整えてきました。しかし、搾取そのものが消えたわけではありません。
鎖で人をつなぐ支配は、土地から離れられない支配へ変わり、やがて「自由な契約」を通じて時間を買う支配へ変わりました。現代では、借金、在留資格、下請け構造、評価制度、アルゴリズムなどが、人を逃げにくい状態へ置くことがあります。

この記事では、搾取の歴史を、王や国家、企業の発展だけでなく、実際に耕し、運び、建て、作った側から読み直します。
1. 搾取の歴史を簡単に整理するとどうなるのか
搾取の歴史は、単純に「悪い人が弱い人から奪ってきた歴史」ではありません。
より正確にいえば、人が生み出した価値を、別の人が継続的に回収できる仕組みが発達してきた歴史です。
大まかな流れは、次のように整理できます。

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この変化で重要なのは、搾取が徐々に見えにくくなったことです。
奴隷制では、誰が自由を奪われているかが目に見えます。農奴制では、誰が土地に縛られているかが分かります。
しかし、賃金労働では、契約書の上では労働者も雇い主も自由です。低い条件を断ることも、会社を辞めることも、形式上はできます。
それでも、生活費を払うには働かなければならず、土地や機械や販売網を持たない人には、労働力を売る以外の現実的な選択肢がないことがあります。

つまり、搾取の歴史は、暴力が消えた歴史ではなく、暴力が制度、契約、常識の中へ隠れていった歴史でもあるのです。
2. 搾取とは何か|略奪・格差・税との違い
搾取の歴史を考える前に、「搾取」という言葉の範囲を決める必要があります。
一般的な意味での搾取とは、相手の弱い立場につけ込み、その労働、財産、権利などから不当に利益を得ることです。政治哲学でも、搾取はしばしば「他者の脆弱性を利用して不公正な利益を得ること」と説明されます。
一方、マルクス経済学では、搾取はより限定的な意味を持ちます。
生産手段を持たない労働者が労働力を売り、自分の賃金に相当する以上の価値を生み出し、その差額である剰余価値を生産手段の所有者が取得する関係です。
この記事では、搾取をマルクス経済学だけに限定せず、次の四つが重なる関係として捉えます。

なお、搾取という言葉の意味、種類、現代の具体例、判断基準を先に整理したい方は、基礎記事「搾取とは何か|意味・種類・仕組みをわかりやすく解説」をあわせてご覧ください。本記事では、その構造が歴史の中でどのように生まれ、姿を変えてきたかに焦点を絞ります。
- 一方が、他方の労働や資源から利益を得ている
- 利益と負担の配分が著しく偏っている
- 弱い側が、断る、逃げる、交渉する力を十分に持たない
- その偏りが、制度や慣習によって継続する
この定義で見ると、搾取は単なる盗みとは異なります。
盗みは、すでに持っている物を一度だけ奪う行為です。搾取は、相手を働かせ、価値を生み出させ、その成果の一部を繰り返し回収する関係です。
また、格差があるだけで、必ず搾取とは限りません。責任、技能、危険、投資、管理などが異なれば、受け取る報酬に差が出ることはあります。全員がまったく同じ取り分でなければ搾取だという話ではありません。
税、地代、利子、利益も、それだけで自動的に搾取とはいえません。
税が道路、治水、医療、教育、防衛など、多くの人が利用する仕組みに使われ、負担の決定に住民が関与でき、権力を監視できるなら、それは共同体を維持するための分担と考えられます。
事業の利益にも、設備投資、損失の危険、研究開発、顧客獲得、組織運営への対価が含まれます。
問題は、名目ではなく実態です。
- 誰が価値を生み出したのか。
- 誰が条件を決めたのか。
- 誰が利益を得たのか。
- 誰に危険と負担が残ったのか。
- 弱い側には、拒否や再交渉の余地があったのか。
この五つを見なければ、共同負担と搾取、正当な報酬と一方的な取り分を区別できません。

3. 狩猟採集社会に搾取はなかったのか
人類は、農耕を始めるよりはるかに長い期間、狩猟採集によって暮らしてきました。
では、狩猟採集社会は、誰も誰かを搾取しない平等な世界だったのでしょうか。
そう断定することはできません。
考古学で分かるのは、住居、墓、副葬品、骨の損傷、食生活などの痕跡です。文字を持たない社会の中で、誰が命令し、誰が重い仕事を引き受け、収穫物がどのように分けられていたのかを完全に再現することはできません。
さらに、狩猟採集社会にも大きな幅があります。
移動を続け、食料を長期保存しない集団もあれば、魚介類などの豊かな資源がある場所に定住し、富や身分を蓄積した集団もありました。性別、年齢、血縁、戦闘能力による権力差が存在した可能性もあります。
そのため、「狩猟採集民は全員平等だった」「農耕を始めた瞬間に搾取が生まれた」という二分法は正確ではありません。
ただし、移動型の狩猟採集社会では、継続的な支配を難しくする条件がありました。
第一に、食料を長く保存できません。
獲物の肉や採集した植物を大量に独占しても、腐れば価値を失います。富を何年も蓄積し、子孫へ相続することが難しければ、他人の生産物を奪い続ける利益も小さくなります。
第二に、人が移動できます。
一人の指導者が過大な要求をすれば、従う側は集団を離れられます。土地、家、職場に固定されていないこと自体が、権力への対抗手段になります。
第三に、狩りの成果が不確実です。
今日多く取れた人が、明日は何も取れないかもしれません。分け合いは道徳だけでなく、将来自分が助けられるための保険として機能します。
UCLなどの研究者による現代狩猟採集民の研究では、移動性が高く、貯蔵や富の蓄積が少ない集団で、獲得した食料を要求に応じて分ける「デマンド・シェアリング」が平等な分配を支える仕組みとして報告されています。
ここから見えるのは、人間が生まれつき平等だったということでも、生まれつき搾取者だったということでもありません。
- 奪って蓄積できるか。
- 相手をその場へ縛れるか。
- 支配者なしで生きられるか。
人間の行動は、こうした構造によって大きく変わります。

4. 農耕と貯蔵はなぜ継続的な搾取の条件を生んだのか
約1万年前から、世界の複数地域で農耕と牧畜が広がっていきました。
農耕の最大の変化は、単に食料が増えたことではありません。人が土地に定着し、種をまいてから収穫まで待ち、穀物を倉庫に保存し、翌年のために種や家畜を管理するようになったことです。
この変化によって、富は見える形になりました。
どの土地が肥えているか。どの家が多く収穫したか。倉庫にどれだけ穀物があるか。家畜を何頭持っているか。
数えられ、保存され、運べる富は、交換や備蓄を可能にします。同時に、徴収と略奪も可能にします。
農耕は、継続的な搾取が成立しやすい四つの条件を作りました。
余剰を保存できる
今日食べきれない穀物を、来月や来年まで残せます。
余剰は飢饉への備えになりますが、倉庫を管理する者が分配権を持つと、権力の源にもなります。自分で食料を作っていない人でも、保存と再分配を支配すれば、多くの人の労働を動かせるようになります。
土地から離れにくくなる
農地を耕し、灌漑設備を整え、家を建て、種をまけば、簡単には移動できません。
収穫前に土地を離れれば、それまでの労働を失います。定住は生活を安定させる一方、権力者から逃げる費用を高くします。
富を相続できる
土地、家畜、倉庫、道具を次の世代へ渡せるようになると、格差も世代を超えて残ります。
生まれた時点で、土地を持つ家と持たない家、貸す家と借りる家、命令する家と従う家が分かれていきます。
労働を集めて大規模事業を行える
灌漑、水路、城壁、神殿、道路は、一家族だけでは作れません。
共同事業を組織する指導者は、実際に重要な役割を果たします。しかし、共同事業のために集められた食料と労働を、誰が管理し、誰が優先的に受け取るのかによって、調整役は支配者へ変わります。
ただし、農耕が始まれば必ず格差社会になるわけではありません。
古代西ユーラシアの90の遺跡段階を比較した研究では、土地の制約が強く、土地所有が生産を左右する農業のほうが、労働力の制約が強い農業より富の格差が大きい傾向が示されています。

これは、農耕そのものより、土地を独占できるか、家畜や犂によって大面積を支配できるか、他人の労働を動員できるかが重要だったことを示します。
農耕は搾取を自動的に生んだ原因ではありません。農耕は、他人の労働を蓄積し、測定し、翌年も回収できる条件を作ったのです。

犂:牛や馬に引かせて、田や畑の土を耕すための農具
5. 古代国家は税・賦役・債務をどのように制度化したのか
定住地が都市へ成長し、多くの村と人を統治する国家が生まれると、搾取は個人の腕力だけではなく、役所、法律、軍隊、文字によって行われるようになります。
古代メソポタミアのウルクは、紀元前3200年ごろには大都市へ発展していました。
メトロポリタン美術館の解説によれば、初期の粘土板には物資の管理や労働者への配給が記録されています。文字は神話や文学を残す前に、誰にどれだけ渡し、どれだけ集めたかを管理する技術として使われていました。
記録には二つの面があります。
記録があれば、食料を計画的に配り、大人数の共同作業を調整できます。不正な徴収を確認し、債務や取引の証拠を残すこともできます。
しかし同時に、国家は土地、人、収穫、家畜を把握し、税と労働を正確に取り立てられるようになります。
古代国家が用いた主な方法は、次の四つです。
- 収穫物の一部を納めさせる税や貢納
- 道路、城壁、神殿、水路などの建設に人を出させる賦役
- 戦争で得た捕虜の強制労働
- 返済できない債務者や家族を働かせる債務奉仕
紀元前18世紀ごろのハンムラビ法典第117条には、債務のために本人や妻子が債務奉仕に入った場合、3年間働き、4年目には自由を回復するという規定があります。
現代の感覚では、借金のために家族が働かされること自体が深刻な人権侵害です。一方、この規定は、債権者が無期限に人を拘束することへ上限を設けたものとも読めます。
ここに、法律の二重性があります。

法律は支配関係を公認します。しかし同時に、支配者や債権者が好きなだけ奪うことを制限する場合もあります。
国家も同じです。徴収した穀物や労働が、飢饉時の備蓄、治水、防衛、道路などに使われるなら、人々は共同体から利益を受けます。ところが、負担する者と恩恵を受ける者が分かれ、王宮、軍事遠征、支配層の墓や威信財へ富が偏れば、共同負担は搾取へ近づきます。
神殿、宮殿、巨大な墓、城壁を「文明の偉大な成果」として見るだけでは、歴史の半分しか見えません。誰が設計したのかだけでなく、誰が石を切り、運び、積み、食料を供給したのかを見る必要があります。
6. 奴隷制と帝国はなぜ人間を所有物にできたのか
搾取が最も露骨な形で現れた制度が、奴隷制です。
奴隷制では、人の労働だけでなく、人そのものが他人の財産として扱われます。
奴隷になる経路は一つではありませんでした。
戦争捕虜、海賊による拉致、刑罰、債務、奴隷の親からの出生など、社会と時代によって異なります。家事、農業、鉱山、建設、手工業、軍務、教育、行政など、従事した仕事も多様でした。
古代ギリシャやローマでは、奴隷労働は社会の広い範囲に組み込まれていました。ただし、古代ローマの人口に占める奴隷の割合には大きな不確実性があります。初期帝政全体で約1割とする研究もあれば、地域や時期によってはさらに高かったとする推計もあります。
重要なのは、数字を誇張することではありません。
奴隷が人口の多数でなかった地域でも、土地を耕し、鉱物を掘り、家を管理し、商品を作る人々を所有できる制度が、自由市民の生活と国家の財政を支えていたことです。
帝国の拡大は、土地や貢納だけでなく、新しい労働力をもたらしました。
征服すれば捕虜が増えます。捕虜を売れば利益になります。安価な強制労働を使えば、大農園や鉱山の所有者はさらに富を蓄積できます。その富が軍事力と政治力を強め、次の征服を可能にします。
こうして、次の循環が生まれます。

征服する → 人と土地を奪う → 労働させる → 富を得る → 軍事力を強める → さらに征服する
しかし、奴隷制は支配者だけで維持されたわけではありません。
奴隷を捕らえる者、運ぶ者、売る者、監視する者、融資する者、商品を買う者がつながることで成立します。
搾取は、一人の残酷な主人だけを取り除けば終わるとは限りません。利益を得る多くの役割が連結し、一つの市場になると、責任が分散するからです。
また、奴隷にされた人々は、常に受け身だったわけではありません。
逃亡、怠業、道具の破壊、反乱、文化や家族関係の維持など、さまざまな方法で支配へ抵抗しました。記録の多くは所有者や国家が残したものですが、処罰規定や逃亡防止策が多いこと自体、支配が完全ではなかった証拠でもあります。
7. 封建社会では土地と身分が農民をどう縛ったのか
奴隷制が弱まった地域でも、他人の労働から富を得る関係が消えたわけではありません。
中世ヨーロッパでは、地域によって荘園制や農奴制が発達しました。農奴は、一般に奴隷と同じ商品ではありません。家族を持ち、一定の土地を耕し、自分の生活のために生産することができました。
しかし、領主の土地を耕す労働奉仕、収穫物や金銭による地代、結婚や相続に伴う負担などを課され、自由な移動を制限されることがありました。
ケンブリッジ大学出版局の研究では、1300年ごろのイングランドで、農村住民のおよそ半数が何らかの形で領主や土地へ拘束された「不自由身分」だったと説明されています。
この関係の核心は、土地の集中です。

農民は食料を作る力を持っていても、耕す土地を自由に使えなければ生きられません。領主は自分で耕さなくても、土地への権利を通じて農民の労働と生産物の一部を受け取れます。
領主側の物語では、土地と軍事的保護を与える代わりに、農民が奉仕を返す相互関係になります。実際、治安、防衛、裁判、飢饉時の援助など、領主が役割を果たした場合もあったでしょう。
しかし、その交換条件を誰が決めたのでしょうか。
- 農民は別の領主を自由に選べたのでしょうか。
- 負担が重すぎる時、拒否できたのでしょうか。
- 領主が保護を果たさなかった時、地代や労働奉仕を止められたのでしょうか。
形式上は「保護と奉仕の交換」であっても、片方だけが条件を決め、もう片方が土地から離れられないなら、対等な契約ではありません。
なお、「中世ヨーロッパはすべて同じ農奴制だった」と考えるのも誤りです。農奴制がほとんど存在しない地域もあり、労働奉仕より金銭地代が中心の地域もありました。同じ言葉で呼ばれていても、移動、結婚、相続、土地利用の自由は時代と場所によって大きく異なります。
そして、農民の抵抗、人口減少による労働力不足、都市と市場の発達などは、領主の力を弱めました。
搾取する側が自発的に優しくなったからだけではありません。働く側が逃げ、交渉し、集団で抵抗し、別の生活手段を得たことで、支配の費用が高くなったのです。

8. 植民地主義は遠い土地の労働と資源をどう奪ったのか
15世紀末以降、ヨーロッパ諸国は海を越えて領土を拡大し、アメリカ、アフリカ、アジアなどを植民地支配しました。
植民地主義が拡大した搾取は、単なる略奪ではありません。土地を奪い、現地の政治制度を組み替え、税を課し、輸出用作物を作らせ、鉱物を掘らせ、その商品を世界市場へ流す仕組みを作ったことに特徴があります。
砂糖、綿花、タバコ、コーヒー、カカオ、ゴム、金、銀など、消費地で高く売れる商品が大量に生産されました。
しかし、生産地の人々がその利益を同じ割合で受け取ったわけではありません。
土地の所有権、船、保険、金融、加工、販売網を握る側へ利益が集まり、生産者には過酷な労働と生活破壊が残ることがありました。
大西洋奴隷貿易は、その極端な例です。
全米人文科学基金が紹介する「奴隷航海データベース」によれば、1526年から1866年までに約1,250万人のアフリカ人が奴隷船へ乗せられ、約1,070万人が大西洋航路を生き延びました。生存者は、アメリカ大陸やカリブ海地域の砂糖、米、綿花、タバコなどの生産へ送り込まれました。
ここでは、人間の身体と労働が、国際的な投資対象になりました。船主、商人、農園主だけではありません。船舶、港湾、武器、保険、信用、加工、流通に関わる多くの事業が、奴隷労働による商品の流れから利益を得ました。

また、植民地支配では、強制を見えにくくする言葉が使われました。「未開の土地を開発する」「文明を教える」「秩序を与える」「現地の人を勤勉にする」といった言葉です。
道路、鉄道、学校、病院などが建設された事実はあります。しかし、それだけで支配全体が現地住民のためだったとはいえません。
- 何を運ぶための鉄道だったのか。
- 誰が学校へ入れたのか。
- 誰が土地を失ったのか。
- 税収と輸出利益はどこへ流れたのか。
「何が作られたか」だけでなく、「誰の目的のために作られたか」を見なければ、植民地支配の評価を誤ります。
さらに、植民地の搾取をヨーロッパ人と現地住民の単純な二項対立だけで説明することもできません。
現地の王、商人、軍人、仲介者が奴隷捕獲や徴税に協力し、利益を得た例もあります。支配者は、被支配集団の中に協力者を作ることで、少ない人数でも統治できます。
これは現代の組織にも残る構造です。
上層部が現場を直接監視しなくても、中間管理者や請負業者へ権限と小さな利益を与えれば、下の人々から負担を回収できます。

9. 産業革命と資本主義は搾取を終わらせたのか
18世紀後半から19世紀にかけて、イギリスを中心に工業化が進みました。
機械、蒸気機関、工場、大量生産は、人類の生産力を大きく高めました。同じ時間で、より多くの商品を作れるようになり、衣服や道具を以前より多くの人が利用できるようになりました。
同時に、労働の形も大きく変わります。奴隷や農奴と異なり、工場労働者は法的には自由です。雇い主と契約し、賃金を受け取り、契約を終えることができます。

これは重要な進歩でした。しかし、法律上の自由が、生活上の対等を意味するとは限りません。
土地、工場、機械、原料を持たない人は、生きるために労働力を売らなければなりません。失業すれば家賃と食費を払えない人と、採用を見送り別の労働者を探せる工場所有者では、交渉力が同じではありません。
工場では、時間が細かく管理されるようになりました。
農作業は季節や天候に左右されますが、工場は時計に合わせて動きます。遅刻、休憩、作業速度、不良品が記録され、監督者が労働を統制します。機械は生産を助ける道具であると同時に、人間の動きを機械の速度へ合わせる装置にもなりました。
初期の工業化では、女性や子どもも長時間働きました。
イギリスの1833年工場法は、9歳未満の工場労働を禁じ、9歳から13歳の労働を1日8時間・週48時間まで、13歳から18歳を1日12時間までに制限しました。
現代から見れば、9歳の子どもが1日8時間働ける規定は十分な保護には見えません。
しかし裏返せば、この法律が必要になるほど、幼い子どもの長時間労働が現実に存在していたということです。しかも、当初は4人の監督官で約4,000工場を担当したため、違反を十分に取り締まれませんでした。

19世紀にマルクスは、資本主義の搾取を「安い賃金」という道徳問題だけでなく、剰余価値が生まれる構造として説明しました。
「労働者が一日の前半で賃金に相当する価値を作り、その後も働いて生み出した価値が資本の側に残る」という考えです。
労働価値説や、すべての利潤を剰余労働から説明できるかについては、経済学上の批判と論争があります。それでもマルクスの重要な指摘は残ります。
市場で合法的に契約し、約束どおり賃金が支払われていても、所有と交渉力の差によって、一方へ富が蓄積し続ける可能性があるということです。
ただし、企業の利益をすべて搾取と決めつけるべきではありません。設備を用意し、商品が売れない危険を負い、組織を作り、研究開発を行う役割には価値があります。
問題は、その役割への対価が、現場で生み出された価値、負担した危険、持続可能な生活に必要な賃金と比べて妥当なのかです。
そして、工場労働者は一方的に搾取され続けたわけではありません。労働組合を作り、ストライキを行い、選挙権を求め、労働時間の短縮、最低賃金、安全規制、社会保険を勝ち取ってきました。
資本主義が自然に人道化したのではありません。生産を止められる人々が集団で交渉し、搾取した場合の社会的・法的な費用を高くしたからこそ、働く側の取り分と権利が拡大したのです。

10. 日本の搾取の歴史を庶民側から見るとどうなるのか
日本の歴史も、天皇、貴族、武将、将軍、政治家、企業家だけで作られたものではありません。宮殿、寺院、城、道路、田畑、鉱山、工場を実際に作り、維持した多くの人がいました。
奈良時代|租・庸・調と労役
律令国家では、戸籍と土地を基礎に人々を把握し、租・庸・調や労役を課しました。
国税庁の租税史料によれば、平城京の庶民には口分田に対する租のほか、年間60日以下の雑徭、兵役、仕丁などの負担がありました。
一方、皇親や八位以上の役人は無税でした。都の庶民には調・庸の一部免除がありましたが、それは都や寺院の建設で雇役に使われることが多かったためと考えられています。
律令制度を「整った国家制度」とだけ説明すると、戸籍、班田、税目の名称が中心になります。
>しかし庶民側から見れば、耕作し、布や特産物を作り、都まで運び、建設や兵役へ時間を差し出した歴史です。

文化財として残る寺院や宝物の美しさと、それを支えた人々の負担は、同じ歴史の表と裏にあります。私たちの良くいく観光名所の多くは、誰かの犠牲の上に成立しているといえます。
中世・江戸時代|年貢と諸役
中世の荘園、公領、武家領では、農民が年貢や公事、労役などを負担しました。
江戸時代には地域ごとに制度と税率が異なりましたが、税の中心は田畑にかかる年貢でした。ほかにも小物成、高掛物、夫役、国役、商工業者への運上・冥加、臨時の上納金などがありました。
年貢をすべて不当な搾取と呼ぶことはできません。幕府や藩は治水、道路、治安、飢饉対策なども担いました。村が共同で徴税を請け負う仕組みには、地域の自治として働く面もありました。
しかし、身分によって政治参加と土地への権利が異なり、負担の決定権が領主側に偏っていたことも事実です。城下町の繁栄、武家文化、参勤交代、藩の財政を語る時、その原資となった年貢と労働を外すことはできません。
また、百姓は命令に従うだけの存在ではありませんでした。
逃散、訴願、一揆、年貢減免の交渉などを通じて、領主へ抵抗しました。災害や凶作時の減免慣行も、支配する側の慈悲だけでなく、取り尽くせば翌年の生産と統治が成り立たないという現実から生まれています。
明治以降|女工と工場労働
近代化が進むと、農村から都市や工場へ労働力が移りました。
製糸業や紡績業は、日本の輸出と資本蓄積を支えました。その中心には、多くの若い女性労働者がいました。
厚生労働省の「日本の労働組合の成立ち」では、当時の女工が低賃金と長時間労働に置かれ、生糸工場などでは1日13~14時間を下回らず、17~18時間に達する場合もあったと説明されています。
工場法は1911年に成立し、1916年に施行されました。しかし、成立までには産業界の強い反対があり、施行後も保護は不十分でした。
「日本が短期間で近代国家になった」という物語だけを読めば、鉄道、工場、輸出、軍事力の増大が目に入ります。反転して読めば、その速度を支えた低賃金、長時間労働、農村の貧困、女性や子どもの負担が見えてきます。
戦後には労働組合法、労働基準法、社会保険などが整備され、労働者の権利は大きく拡大しました。
それでも、正規と非正規、元請けと下請け、管理職と現場、都市と地方の間には、条件を決める力の差が残っています。
搾取の形は変わっても、決定する人と負担する人が離れるほど、負担は見えにくくなるという構造は続いています。
11. 現代の搾取はなぜ自由な契約の中で起きるのか
現代の多くの国では、奴隷制も農奴制も法律で禁止されています。労働者には、職業選択、退職、団結、最低賃金、安全な職場などの権利があります。
それでも、強制労働はなくなっていません。
ILOの2022年推計では、世界で2,760万人が強制労働の状態にあり、その63%は民間経済で起きています。移民労働者が強制労働に陥る危険は、移民でない成人労働者の3倍を超えると推計されています。
現代の強制は、必ずしも鎖や監禁だけではありません。
- 旅券を取り上げる
- 高額な紹介料を借金として背負わせる
- 賃金を支払わない
- 退職すれば在留資格や住居を失うと脅す
- 家族への送金を人質にする

書面上は契約があっても、現実に断れない状態なら、自由な合意とはいえません。また、強制労働に該当しない職場でも、搾取的な関係は起こります。
国際的なサプライチェーン
一つの商品が、原料採取、部品製造、組み立て、輸送、販売へ分割され、複数の国と企業を通ります。
発注企業が価格と納期を厳しく設定し、下請け企業がその条件を労働者の低賃金や長時間労働で吸収することがあります。
消費者から見えるのは、安い商品と有名企業のブランドです。原料を採った人、縫製した人、倉庫で仕分けした人の条件は見えません。
植民地時代と制度は異なりますが、遠い土地の負担を見えなくし、消費地と所有者側へ利益を集める点には連続性があります。

多重下請けと責任の分散
仕事が一次請け、二次請け、三次請けへ渡るたびに、手数料と管理費が差し引かれます。
現場の人は最終的な発注者のために働いていても、その会社の従業員ではありません。賃金、安全、休業補償などの責任が複数企業へ分かれ、誰が改善すべきか見えにくくなります。
古代の徴税人、植民地の現地仲介者、荘園の代官と同じように、現代にも上の要求を下へ伝え、負担を回収する中間層があります。
プラットフォームとアルゴリズム
配達、送迎、クラウドワークなどでは、上司ではなくアプリが仕事を割り当て、報酬を変え、評価し、アカウントを停止することがあります。
ILOは、アルゴリズム管理を、収集したデータを使って仕事を組織、配分、監視、監督、評価する仕組みと説明しています。
働く時間を自分で選べる自由がある一方、単価の決め方、評価基準、仕事の表示順が公開されなければ、労働者は条件変更の理由を知ることも交渉することもできません。

支配者の顔が見えなくなっても、支配が消えたとは限りません。
生産性と賃金の分離
技術が進歩し、一人あたりが生み出す価値が増えれば、働く人の生活も同じように豊かになると考えられがちです。
しかしOECDの分析では、多くの加盟国で労働生産性の伸びと実質中央値賃金の伸びが乖離し、対象国の約3分の2で労働分配率が低下していました。
生産性向上の利益が、労働者、経営者、株主、消費者の間でどのように分配されるかは、技術だけでは決まりません。所有権、市場支配力、労働組合、最低賃金、税制、雇用慣行など、交渉力を決める制度によって変わります。
現代の搾取が見えにくいのは、誰かがすべてを直接奪っているわけではないからです。
発注価格、家賃、利息、手数料、株主還元、評価制度、税、生活費が別々に存在し、その合計として、働いても手元に残らない状態が作られます。

一つひとつは合法で、合理的な理由を持っていても、全体として誰が自由を得て、誰が時間を失っているかを見る必要があります。
12. 搾取の歴史から見える七つの反復法則
古代の貢納、奴隷制、農奴制、植民地主義、工場労働、現代のプラットフォーム労働は、同じ制度ではありません。
自由の程度も、暴力の強さも、法的地位も大きく異なります。それでも、搾取が拡大する時には、似た順序が繰り返されます。
1.誰かが生活に必要な価値を生み出す
- 食料を育てる。
- 家を建てる。
- 衣服を作る。
- 鉱物を掘る。
- 商品を運ぶ。
- 人を介護する。
- 情報を整理する。
搾取は、何もない場所からは始まりません。まず、誰かが時間と身体と知識を使い、他人が必要とする価値を生み出します。

2.価値が保存・測定・換金できるようになる
- 穀物の倉庫
- 家畜の頭数
- 土地の面積
- 貨幣
- 帳簿
- 労働時間
- 売上
- 閲覧データ
価値を数えられることは、協力と分配に必要です。同時に、回収率を高めるためにも使えます。測定する者が基準を独占すると、人は数字に合わせて働かされます。
3.少数者が不可欠な資源を管理する
- 土地
- 水
- 武器
- 倉庫
- 船
- 工場
- 資本
- 販売網
- プラットフォーム
働く能力を持っていても、生産に必要な入口を他人が独占していれば、その条件に従わなければ価値を市場へ届けられません。
4.弱い側が離れられない状態になる
奴隷制では所有、農奴制では土地、植民地では法律と軍事力、賃金労働では生活費、移民労働では借金と在留資格が人を縛ります。
搾取にとって重要なのは、暴力の有無だけではありません。

「嫌ならやめればよい」と言われても、やめれば生存基盤を失うなら、選択の自由は小さくなります。
5.取り分が上へ流れる仕組みが作られる
- 貢納
- 年貢
- 地代
- 利息
- 利益
- 手数料
- 配当
名称は変わっても、生産者から管理者、所有者、債権者へ価値が移動します。
すべての取り分が不当なのではありません。問題は、役割と危険への対価を超えて、所有しているという理由だけで回収が膨らみ続ける場合です。

6.支配を善として説明する物語が作られる
- 王は神に選ばれた
- 領主は農民を守っている
- 植民地に文明を与えている
- 貧しいのは努力が足りない
- 長時間働く人ほど責任感がある
- 個人事業主だから保護は不要である
搾取は暴力だけでは長続きしません。支配される側にも「この負担は必要だ」「自分が悪い」と思わせた時、監視と処罰の費用が下がります。
7.格差が次の世代へ引き継がれる
土地、財産、教育、人脈、身分、負債が相続されると、過去の取り分が未来の交渉力を決めます。昨日の搾取で蓄積された富が、今日の生産手段を買い、今日の利益が明日の所有をさらに増やします。
この循環を止めるには、個人の善意だけでは足りません。
所有の集中を抑える制度、交渉力を持つ労働組合、最低基準、教育、社会保障、情報公開、独占規制、逃げられる住居と所得が必要です。

13. 搾取かどうかを見抜く六つの質問
歴史を現代の判断に生かすなら、制度の名前より、次の六つを確認することが重要です。
- 価値を実際に生み出しているのは誰か
- 条件と分配方法を決めているのは誰か
- 最終的な利益を受け取るのは誰か
- 失敗、事故、病気、価格下落の負担を負うのは誰か
- 弱い側は、拒否、離脱、交渉、異議申立てができるか
- その関係は、双方が尊厳ある生活を続けられるものか
この質問は、古代の税にも、会社の賃金にも、副業にも、投資にも、家賃にも使えます。
例えば、「不労所得」という言葉だけを見れば、自分が働かなくてもお金が入る理想の状態に見えます。しかし、社会全体から見れば、その収入は、どこかで働く人、商品を買う人、家賃や利息や手数料を払う人が生み出した価値への請求権です。
投資や所有そのものを否定する必要はありません。

問うべきなのは、資本提供や危険負担への適切な対価なのか、それとも相手が生活上拒否できないことを利用して、取り分を増やしているのかです。
14. 搾取される側は歴史を変えられるのか
搾取の歴史は、奪われ続けた歴史だけではありません。
債務奉仕の期限、年貢の減免、奴隷制の廃止、農奴解放、工場法、8時間労働、最低賃金、労働組合、社会保障は、最初から支配者が完成した形で与えたものではありません。
逃げた人、告発した人、記録を残した人、仕事を止めた人、団結した人、裁判を起こした人がいました。
一人では代わりを雇われても、多くの人が同時に生産を止めれば、所有者だけでは工場も農園も物流も動かせません。
搾取する側の最大の強みは、土地、資本、法律、情報を集められることです。搾取される側の最大の弱みは、孤立していることです。そして最大の強みは、社会に必要な価値を実際に生み出していることです。
逆にいえば、孤立の状態をなくすことができると、強いともいえます。
1人だけで抵抗しようとしても、権力や金で潰される羽目になりかねません。ですが、仲間と協力して、根回しをして協力者を見つけたり、不当に解雇されたりしないように、労働組合などの法的な仕組みを利用して戦うことで、搾取を弱めることができます。

社会全体が庶民から搾取したいためか、労働組合により権利を勝ち取った云々の話はあまり表に出てきません。しかし、法的には認められている権利なので、不当な扱いを受けている場合、雇われている人にとっては唯一の妥当な戦い方でもあります。
15. 搾取の歴史のよくある質問
人類最初の搾取はいつですか
正確な年代は分かりません。単発的な略奪や集団内の不平等は農耕以前にも存在した可能性があります。
ただし、貯蔵可能な余剰、土地所有、定住、記録、軍事力を基礎にした継続的な搾取は、農耕社会と初期国家の成立によって大規模化しました。文字資料で明確に確認できるのは、紀元前4千年紀以降の古代メソポタミアなどです。
農耕が搾取を生んだのですか
農耕だけが原因ではありません。農耕社会にも比較的平等な共同体はありました。農耕によって余剰、土地、家畜、貯蔵物を蓄積できるようになり、それらを少数者が管理した時、継続的な格差と搾取が発達しやすくなりました。
資本主義だけが搾取のある社会ですか
違います。奴隷制、農奴制、植民地支配、国家による過大な賦役など、資本主義以前にも搾取はありました。資本主義の特徴は、法的には自由で平等な者同士の契約を通じても、所有と交渉力の差から搾取が起こりうることです。
税金や企業利益はすべて搾取ですか
すべてではありません。公共サービスを維持する公平な税、投資、経営、危険負担への妥当な利益は必要です。誰が決定し、誰が利益を受け、誰に負担が集中し、拒否や監視が可能かによって判断する必要があります。
搾取の歴史を学ぶ意味は、昔の王や資本家を悪人として裁くことだけではありません。
私たちが今いる場所で、同じ構造が別の名前に変わっていないかを見抜くことです。
鎖が契約書に変わっても、年貢が手数料に変わっても、監督者がアルゴリズムに変わっても、価値を生み出す人が生きるための取り分を失い、決定権を持たないなら、搾取の構造は残っています。
歴史は過去の暗記ではありません。
誰が作り、誰が記録し、誰が利益を得て、誰の声が残らなかったのかを確かめるための道具です。
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- 発展の裏で、誰が負担したのか。
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正しいと認定されていることと、本当に正しいことは、必ずしも同じではありません。

17. 参考文献
搾取の定義と理論
- コトバンク
「搾取」
搾取の一般的な意味と、マルクス経済学における剰余労働・剰余価値の説明を確認するために参照。
https://kotobank.jp/word/%E6%90%BE%E5%8F%96-509621 - Zwolinski, M., Ferguson, B. & Wertheimer, A.(2022)
“Exploitation.”
Stanford Encyclopedia of Philosophy.
他者の脆弱性や不利な状況を利用し、不公正な利益を得るという政治哲学上の搾取概念を確認するために参照。
https://plato.stanford.edu/entries/exploitation/ - Marx, K.(1867)
“The Labour-Process and the Process of Producing Surplus-Value.”
Capital, Volume I, Chapter 7.
賃金労働、労働力、労働過程、剰余価値の生産に関するマルクスの説明を確認するために参照。
https://www.marxists.org/archive/marx/works/1867-c1/ch07.htm
狩猟採集・農耕・古代国家
- Lewis, H. M., Vinicius, L., Strods, J., Mace, R. & Migliano, A. B.(2014)
“High Mobility Explains Demand Sharing and Enforced Cooperation in Egalitarian Hunter-Gatherers.”
Nature Communications, 5, 5789.
移動性、食料共有、貯蔵の制約と、狩猟採集民における平等な分配との関係を確認するために参照。
https://www.nature.com/articles/ncomms6789 - Bogaard, A., Fochesato, M. & Bowles, S.(2019)
“The Farming-Inequality Nexus: New Insights from Ancient Western Eurasia.”
Antiquity, 93(371), 1129–1143.
土地制約型農業と労働制約型農業では、蓄積される富や格差の程度に違いが見られることを確認するために参照。
https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/farminginequality-nexus-new-insights-from-ancient-western-eurasia/8EFE3B8F5AFA07450F87E4E9B553A43E - The Metropolitan Museum of Art(2003)
“Uruk: The First City.”
紀元前4千年紀末のウルクの都市化と、物資の管理や労働者への配給を記録した初期文字資料について確認するために参照。
https://www.metmuseum.org/essays/uruk-the-first-city - eHammurabi
“Law §117 of Hammurabi’s Code.”
債務奉仕に入った本人やその家族を3年間働かせ、4年目に自由を回復させる規定を確認するために参照。
https://ehlaw.org/law/117
奴隷制・農奴制・植民地主義
- Scheidel, W.(1997)
“Quantifying the Sources of Slaves in the Early Roman Empire.”
Journal of Roman Studies, 87, 156–169.
ローマ帝国の奴隷人口と、その供給源をめぐる推計の不確実性を確認するために参照。
https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-roman-studies/article/quantifying-the-sources-of-slaves-in-the-early-roman-empire/C0981C8851D925FD1019FF93985F23AF - Bailey, M.(2014)
“The Decline of Serfdom and its Historical Significance.”
The Decline of Serfdom in Late Medieval England: From Bondage to Freedom.
農奴の移動制限、世襲的な拘束、地代・労働負担と、農奴制の地域差や衰退過程を確認するために参照。
https://boydellandbrewer.com/book/the-decline-of-serfdom-in-late-medieval-england-hb/ - Persson, K. G.(2014)
“Markets and Coercion in Medieval Europe.”
The Cambridge History of Capitalism, Volume 1, Chapter 9.
土地所有の集中、市場の発達、農奴制による労働移動や自由な契約の制限について確認するために参照。
https://www.cambridge.org/core/books/cambridge-history-of-capitalism/markets-and-coercion-in-medieval-europe/E443CB7F9138D7071F912A4C8AA997A2 - National Endowment for the Humanities
“The Transatlantic Slave Trade Database.”
大西洋奴隷貿易の航海記録と、約1,250万人が奴隷船に乗せられ、約1,070万人が中間航路を生き延びたという推計を確認するために参照。
https://www.neh.gov/project/transatlantic-slave-trade-database - United Nations Audiovisual Library of International Law
“Slavery Convention.”
奴隷制廃止をめぐる国際的経緯と、1930年の強制労働条約の多くの規定が植民地状況を対象としていたことを確認するために参照。
https://legal.un.org/avl/ha/sc/sc.html
産業革命・日本の労働史・現代
- UK Parliament
“The 1833 Factory Act.”
児童労働の年齢・労働時間規制と、工場の労働環境を監督する初期の検査制度について確認するために参照。
https://www.parliament.uk/about/living-heritage/transformingsociety/livinglearning/19thcentury/overview/factoryact/ - 国税庁
「奈良時代の租・庸・調」
奈良時代の租・庸・調、雑徭、兵役、仕丁と、身分や居住地による免税・減免について確認するために参照。
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/quiz/1005/index.htm - 国税庁
「江戸時代の税」
年貢、小物成、高掛物、夫役、国役、運上・冥加など、江戸時代に課されていた負担を確認するために参照。
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/tokubetsu/h12shiryoukan/01.htm - 厚生労働省
「日本の労働組合の成立ち」
明治期の女工の労働時間、労働争議、労働組合期成会の結成と、工場法成立までの経緯を確認するために参照。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000zp5n-att/2r9852000001115x.pdf - International Labour Organization
“Forced Labour, Modern Slavery and Trafficking in Persons.”
世界の強制労働者数、民間経済における強制労働の割合と、移民労働者が置かれやすい危険について確認するために参照。
https://www.ilo.org/topics-and-sectors/forced-labour-modern-slavery-and-trafficking-persons - International Labour Organization(2022)
The Algorithmic Management of Work and its Implications in Different Contexts.
データとアルゴリズムによる仕事の配分、監視、評価と、それらが働く人の裁量や労働条件へ与える影響を確認するために参照。
https://www.ilo.org/publications/algorithmic-management-work-and-its-implications-different-contexts - Schwellnus, C., Kappeler, A. & Pionnier, P.-A.(2017)
“Decoupling of Wages from Productivity: Macro-level Facts.”
OECD Economics Department Working Papers, No. 1373.
OECD諸国における労働生産性と実質中央値賃金の乖離、労







































