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奴隷制度はなぜ生まれたのか?戦争・借金・労働力から読み解く歴史

なぜ人間は、同じ人間を所有し、売買し、強制的に働かせる制度を作ったのでしょうか。

奴隷制度と聞くと、多くの人は、アフリカから連行された人々をアメリカ大陸の農園で働かせた黒人奴隷制を思い浮かべます。

しかし、奴隷制度は大西洋奴隷貿易よりはるかに古く、古代メソポタミア、ギリシア、ローマをはじめ、世界のさまざまな地域に異なる形で存在しました。奴隷にされた人の出自も一つではありません。戦争捕虜、返済できない債務者、犯罪者、誘拐された人、親に売られた子ども、奴隷身分の母から生まれた子どもなどがいました。

結論からいえば、奴隷制度は「働き手が必要だったから」だけで生まれたのではありません。

戦争で人を捕らえる力、借金を取り立てる力、他者の労働から余剰を得られる生産環境、人を財産として扱う法律、逃亡を防ぐ武力、支配を当然だと思わせる身分観が重なったとき、単発的な暴力が継続的な制度へ変わりました。

つまり、奴隷制度の成立に必要だったのは、労働力への需要だけではありません。人を働かせたい者が、人を拒否できない状態へ落とし、その状態を社会全体で維持できるようになったことが本質です。

ここで注意したいのは、奴隷制度の歴史を「昔の人は残酷だった」という一言で終わらせないことです。

バフォメット
バフォメット

奴隷所有者だけを見れば、奴隷は財産であり労働力でした。しかし、奴隷にされた側から見れば、奪われたのは賃金だけではありません。故郷、家族、名前、身体の自由、移動する権利、結婚や出産を決める権利、自分の労働の使い道を決める権利まで奪われました。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

この記事では、「奴隷制度はなぜ生まれたのか」という疑問に、戦争、借金、労働力、農耕、国家、法律、宗教、差別という複数の角度から答えます。

そのうえで、支配者や国家の「繁栄」を、実際に働かされた人々の側から読み直します。

十三夜龍巳
十三夜龍巳
記事執筆者の暁月魔鬼真

この記事の監修者:暁月魔鬼真

神格反転プロジェクト 代表。京都大学総合人間学部人間科学系専攻・現代文明と科学副専攻卒。現在は、歴史、宗教、金融、政治、社会制度の成立過程を調査し、海外文献の翻訳や記事執筆、物語・動画制作を通して、現代社会の背後にある構造を読み解いている。

現代社会の仕組みに疑問を抱き、その歪みがどのような経緯で形成されたのかを歴史から探るため、独自に調査を始めた。その後、あるきっかけで歴史に詳しい人物と出会ったことを契機に、過去約7年間にわたり、海外の歴史資料や研究文献の翻訳・整理を続けてきた。過去に翻訳記事を掲載していたサイトの一部は、第三者による不正アクセスの影響で、現在閲覧できなくなっているものも少なくない。

大学や研究機関に所属する歴史学者ではないが、学術論文、歴史資料、法典、宗教文書などを参照しながら、特定の学界や企業の前提だけに依存しない独立した立場で歴史を調査している。出来事や制度を単に年代順に整理するのではなく、その制度によって誰が利益を得たのか、誰が土地・労働・自由を失ったのかという社会構造の視点を重視している。

1. 奴隷制度はなぜ生まれたのか|先に結論

奴隷制度は、特定の一人が発明した制度ではありません。

文字資料が残る以前から、人を捕らえ、共同体から切り離し、強制的に働かせる行為が存在した可能性があります。そのため、奴隷制度が最初に生まれた正確な年代や場所は分かりません。

また、奴隷制度は一つの地域で完成し、そこから世界中へ広がったとも限りません。生産方法、戦争、交易、身分制度が異なる複数の社会で、それぞれ異なる形の隷属が成立しました。

奴隷制度が生まれ、拡大した主な理由は、次の五つです。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

1.戦争で生まれた捕虜を支配できるようになった

戦争の敗者は、殺されるだけでなく、連れ去られ、勝者の共同体で働かされました。

捕虜を生かして労働させたり、他者へ売ったりできるなら、勝者にとって人間そのものが戦利品になります。戦争は土地や財宝を奪うだけでなく、労働力を獲得する手段にもなりました。

2.借金を返せない人の身体と労働が担保になった

凶作、病気、納税、種籾の不足などによって借金をした人が返済できなくなると、本人や家族が債権者のもとで働かされることがありました。

債務は、金銭上の義務であるだけでなく、人の自由を奪う入口になったのです。

3.他者の労働を継続的に利用できる生産環境が生まれた

人を捕らえても、その人が生み出す価値より、食料、監視、逃亡防止にかかる費用のほうが大きければ、奴隷として維持する利点は小さくなります。

農耕、鉱山、大規模建設、家事、手工業、プランテーションなど、人を一定の場所で継続的に働かせ、余剰を回収できる仕事が増えると、奴隷を所有する経済的な動機が強まりました。

4.国家・法律・市場が人間の所有を制度化した

一人の暴力だけでは、奴隷制度を何世代も維持できません。

誰を奴隷とみなすのか、誰が所有者なのか、逃亡者をどう処罰するのか、奴隷の子どもをどの身分にするのか、売買や相続を認めるのかを、法律と慣習が定めました。

商人、市場、輸送路が整うと、捕らえた人を遠くへ運び、商品として売ることも可能になります。

5.「支配されて当然の人間」が作られた

奴隷制度を維持するには、人間を対等な存在として見ない考え方が必要でした。

外国人、異民族、異教徒、敗者、犯罪者、貧困者、特定の人種などを、自分たちより劣った存在、権利を持たない存在、支配されるのが自然な存在として扱う物語が作られました。

以上を一つの流れにすると、次のようになります。

THE SEVEN-STAGE SYSTEM

奴隷制度が定着する七つの段階

人が自由を奪われてから、労働の成果を回収され、 その支配が法律・思想・相続によって再生産されるまで。

01

ENSLAVEMENT

暴力や借金によって自由を失う

戦争、借金、誘拐、刑罰などを入口として、 人が自分の意思で生きる自由を奪われる。

02

ISOLATION

家族や共同体から切り離される

人間関係や帰属を断たれ、 助けを求めたり集団で抵抗したりする力を奪われる。

03

FORCED LABOR

各地で労働させられる

農地、鉱山、工房、建設現場、家庭などへ配置され、 本人の意思に反して働かされる。

04

EXTRACTION

所有者が労働の成果を回収する

働いた本人ではなく、 奴隷を支配する側が生産物、収益、奉仕の利益を受け取る。

05

COERCION

法律と武力が逃亡・反抗を抑える

処罰、監視、追跡、法的制裁によって、 逃げることや支配へ抵抗することを困難にする。

06

LEGITIMATION

思想が支配を正当化する

宗教、哲学、身分観、人種観が、 支配を自然な秩序や正しい関係として説明する。

07

REPRODUCTION

売買と相続が奴隷身分を再生産する

人が財産として売買され、身分が子どもへ受け継がれることで、 支配が世代を超えて続く。

THE RESULT

一時的な暴力が、 世代を超えて続く社会制度へ変わる

暴力、経済、法律、思想が結びつき、 他人の人生を自分の利益のために利用できる仕組みとして定着する。

奴隷制度は、人間の残酷さだけから生まれたのではありません。暴力、経済、法律、思想が結びつき、他人の人生を自分の利益のために使える仕組みになったことで、社会制度として定着したのです。

バフォメット
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2. 奴隷制度とは何か|強制労働・農奴制との違い

奴隷制度の起源を考える前に、何を奴隷と呼ぶのかを整理する必要があります。

1926年の奴隷条約は、奴隷を「所有権に伴う権能の一部または全部が行使される人の地位または状態」と定義しています。

簡単にいえば、他人がその人を自分の物のように扱い、売る、譲る、相続する、働かせる、移動を制限する、家族関係へ介入するといった力を持つ状態です。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

奴隷の中心的な特徴は、単に無給で働くことではありません。自分の身体、移動、労働、家族、将来について決める力を、他者に奪われていることです。

2.1. 奴隷と使用人は同じではない

使用人や雇用労働者は、厳しい身分差のある社会では強い従属を受ける場合があります。しかし、原則として、人そのものが主人の財産になるわけではありません。

雇用契約で売るのは一定期間の労働力です。奴隷売買では、人間そのものが取引の対象にされます。

もっとも、現実の歴史には、自由人と奴隷の間に多くの中間状態がありました。契約期間中は移動できない奉公人、土地から離れられない農奴、借金が終わるまで働く債務奉仕者、国家へ労役を負う農民などです。

古代の文書でも、「奴隷」「使用人」「宮殿や神殿に従属する労働者」を、現代の分類だけで明確に分けられない場合があります。

そのため、歴史上の不自由な労働者をすべて同じ意味の奴隷と呼ぶのは正確ではありません。

ナーガ
ナーガ

2.2. 奴隷と農奴の違い

奴隷は、人そのものが所有や売買の対象になりえます。

農奴は、一般に土地へ拘束され、領主へ地代、年貢、労働奉仕などを負いました。自由に移住したり職業を変えたりできない点では不自由ですが、必ずしも土地から切り離されて一人ずつ売買されるとは限りません。

バフォメット
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ただし、地域と時代によって農奴の権利は大きく異なり、実態が奴隷に近いほど強く支配された例もあります。

奴隷と強制労働の違い

国際労働機関は、強制労働を、処罰の脅しのもとで要求され、本人が自発的に申し出ていない労働や役務と定義しています。

奴隷は強制労働をさせられることが多い一方、強制労働の被害者が法律上だれかの所有物とされているとは限りません。

現代では奴隷制が法律で禁止されていても、旅券の取り上げ、暴力、監禁、債務、賃金不払い、家族への脅迫などによって、仕事を拒否したり辞めたりできない状態が存在します。

したがって、奴隷制、債務拘束、農奴制、強制労働は重なる部分を持ちますが、同じ言葉ではありません。

違いを曖昧にすると、古代の奴隷制度の実態も、現代の強制労働の深刻さも見えにくくなります。

暁月魔鬼真
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3. 奴隷制度はいつ、どこで始まったのか

奴隷制度の「最初」を一つに決めることはできません。

理由の一つは、奴隷制度が文字より古い可能性があることです。人間を捕らえて使役する行為があっても、記録が残らなければ、誰がどのような身分で働いていたのかを正確に確認できません。

考古学から暴力、格差、捕虜の移動を推測することはできます。しかし、骨や建物だけから、その人が法的に所有されていたのか、一定期間だけ従属していたのか、共同体の構成員として取り込まれたのかを区別するのは困難です。

3.1. 文字資料で確認できる古い奴隷制

文字資料によって奴隷や不自由な労働を比較的詳しく追える地域の一つが、古代メソポタミアです。

紀元前3千年紀末のウル第三王朝期の文書には、戦争捕虜、債務や犯罪によって自由を失った市民、宮殿や大規模家政に属する人々が現れます。

ただし、古代文書で奴隷と訳される語が、常に近代の大西洋奴隷制と同じ地位を意味するとは限りません。家族を持つ者、財産を扱う者、解放される者もいました。

また、当時のメソポタミア経済全体が、主として奴隷労働だけで動いていたわけでもありません。王や神殿へ労務を負う従属民、配給を受けて働く人、雇われた人など、複数の労働形態が併存していました。

これは重要な点です。「古代文明には奴隷がいた」という事実と、「古代文明のすべてを奴隷が作った」という説明は同じではありません。

3.2. 農耕以前には奴隷がいなかったのか

奴隷制度は農耕によって初めて可能になったと説明されることがあります。

たしかに、移動性の高い狩猟採集社会では、奴隷を長期間監視し、食料を与え、逃亡を防ぎながら連れ歩く負担が大きくなります。保存できる余剰が少なければ、他人を働かせて継続的な利益を得る余地も限られます。

しかし、農耕を行わない社会に奴隷制が存在しなかったわけではありません。

北米北西海岸の一部では、豊かな漁業資源を保存し、特定の場所や交易を支配できる定住型の採集社会が形成され、戦争や襲撃で得た捕虜を奴隷として保有しました。

この事例は、奴隷制度の成立を農耕だけで説明できないことを示します。重要なのは、農耕の有無よりも、次の条件です。

  • 他者が生み出した成果を蓄積できること
  • 資源や生産拠点を一部の集団が支配できること
  • 捕虜を獲得する戦争や襲撃があること
  • 奴隷を監視し、逃亡を防げること
  • 奴隷を所有する上位層が形成されること
  • 奴隷身分を社会が認めること

奴隷制度は、農耕社会に多く見られます。しかし、より正確には、余剰を蓄積でき、暴力を組織でき、他人の労働を継続的に回収できる社会で成立しやすかったのです。

戦争は、歴史上もっとも重要な奴隷供給源の一つでした。

バフォメット
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4. 戦争が奴隷を生み出した|捕虜を労働力と商品に変える仕組み

戦争に敗れた人は、勝者にとって共同体の権利に守られない「外部の人間」になります。家族、仲間、土地、武器から切り離され、見知らぬ土地へ連行されれば、抵抗や逃亡は難しくなります。

ただし、すべての捕虜が奴隷になったわけではありません。

捕虜は、殺害される、身代金と交換される、政治交渉に使われる、勝者の共同体へ編入される、兵士にされる、労働者として配分される、奴隷商人へ売られるなど、さまざまな扱いを受けました。

捕虜を奴隷にするには、勝者側に利用する仕組みが必要だったのです。

暁月魔鬼真
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4.1. 「殺さずに生かしたから奴隷制が生まれた」のか

奴隷制の起源は、戦争捕虜を殺す代わりに生かしたことから始まったと説明される場合があります。

生存したという一点だけを見れば、殺害より穏当な扱いに見えるかもしれません。

しかし、捕虜にされた側から見れば、それは救済とは限りません。生かされた後に、故郷から引き離され、売買され、終身労働を強いられ、子どもまで所有されるなら、命を奪う代わりに人生全体を奪ったことになります。

勝者が捕虜を生かした理由も、慈悲だけではありません。労働させる、売る、交換する、見せしめにする、支配者の富と権威を示すといった利益がありました。

4.2. 戦争が奴隷を生み、奴隷が次の戦争を支えた

戦争と奴隷制が結びつくと、次の循環が生まれます。

  1. 戦争に勝って土地、財宝、人間を奪う
  2. 捕虜を農地、鉱山、工房、家庭で働かせる
  3. 奴隷の労働と売買から富を得る
  4. 富で武器、兵士、船、城壁を整える
  5. 軍事力を使ってさらに征服する
  6. 新たな捕虜を獲得する

本来、戦争の副産物だった捕虜が高く売れるようになると、人を捕らえること自体が戦争や襲撃の目的になりえます。

奴隷市場が拡大すれば、遠方の買い手が捕虜へ価格を付けます。すると、戦争に直接参加していない商人、輸送業者、金融業者、国家も利益を得るようになります。

ここで奴隷制は、勝者が敗者を一時的に使役する関係から、人間を供給し続ける国際的な商業へ変わります。

ナーガ
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4.3. なぜ「よそ者」が奴隷にされやすかったのか

同じ共同体の人を奴隷にすれば、その家族や親族が抵抗します。明日は自分も奴隷にされるかもしれないため、自由民全体が制度を恐れることになります。

一方、言語、宗教、民族、出身地の異なる捕虜なら、「自分たちとは違う人間」として排除しやすくなります。

古代アテネでは、戦争捕虜、海賊行為の被害者、周辺地域から奴隷商人によって運ばれた人々が売買されました。同じギリシア人の捕虜は身代金によって解放される一方、共同体の外から来た人が奴隷として輸入される傾向がありました。

これは、人種だけで奴隷が選ばれたという意味ではありません。むしろ初期の多くの奴隷制では、「誰が生まれつき劣っているか」より、「誰が自分たちの保護網の外にいるか」が重要でした。

他者を共同体の外へ置くことは、暴力への心理的な抵抗を弱めます。奴隷制度は、身体を拘束する前に、「この人には私たちと同じ権利がない」という境界線を作ったのです。

バフォメット
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奴隷は、外部から連れてこられた戦争捕虜だけではありませんでした。

5. 借金が自由を奪った|債務奴隷はなぜ生まれたのか

同じ社会の自由民も、借金によって本人や家族の自由を失うことがありました。

農耕社会では、収穫までの間に食料と種が必要です。豊作の年に十分な備蓄ができても、凶作、洪水、干ばつ、病気、家畜の死、家族の葬儀、税や貢納が重なれば、次の収穫まで暮らせなくなります。

そこで、農民は穀物、銀、種籾などを借ります。返済できれば問題はありません。

しかし、利息が増え、再び不作が起き、土地や家畜まで失えば、最後に担保として残るのは、本人と家族の労働です。

十三夜龍巳
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5.1. 借金はなぜ人の身体へ及んだのか

現代では、借金を返せなくても、原則として債権者が債務者本人を所有することはできません。

しかし、財産権と身体の自由が明確に分けられていなかった社会では、返済義務を果たすために、債務者本人、妻、息子、娘が債権者の家で働かされることがありました。

古代バビロニアのハンムラビ法典第117条には、債務のために本人や家族が奉仕へ入った場合、3年間働き、4年目に自由を回復させる規定があります。

この規定は、人が債務奉仕へ入る慣行が存在したことを示します。同時に、債権者が無期限に人を拘束することへ一定の制限を加えようとしたものでもあります。

ただし、債務奉仕者を、売買される終身の奴隷と完全に同じものとして扱うべきではありません。

期限、権利、家族関係、解放条件は時代と地域によって異なりました。債務による不自由には、短期の労働奉仕から、土地や子どもを失い、事実上抜け出せない隷属まで幅があります。

ナーガ
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5.2. 債務奴隷が広がると国家も困った

債権者にとっては、返済できない人の労働を得ることが利益になります。しかし、多くの農民が土地と自由を失い、有力者のもとへ集中すれば、国家や共同体には別の問題が起きます。

自営農民が減れば、税や貢納を納める基盤が弱くなります。兵役を担う自由民も減ります。家族が分断され、逃亡や反乱が増えれば、社会秩序そのものが不安定になります。

古代メソポタミアで債務の免除や債務奉仕者の解放が繰り返し行われた背景には、弱者への救済だけでなく、国家の納税者、兵士、生産者を維持する必要もあったと考えられます。

ここには、支配の内部矛盾があります。

債権者が一人ずつ最大限に取り立てれば、短期的には財産を増やせます。しかし、社会全体で取り立てが進みすぎると、自由民の共同体が崩れ、国家が維持できなくなります。

だからこそ、債務奴隷制は放置されるだけでなく、期限の設定、徳政、債務帳消し、家族の売却制限などの対象にもなりました。

暁月魔鬼真
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5.3. 借金は暴力を見えにくくした

戦争捕虜への暴力は分かりやすく見えます。一方、借金による隷属は、「約束を守れなかった本人が悪い」「借りた物を返すのは当然だ」という言葉で正当化されやすくなります。

もちろん、貸した物を返してもらう権利は必要です。しかし、元本と利息を回収する権利が、相手と家族の人生を所有する権利に変わるなら、債権回収は取引の範囲を超えています。

債務奴隷制が示すのは、契約が存在することと、その関係が公正であることは同じではないという事実です。

飢えた人と倉庫を持つ人では、形式上は合意していても、拒否する力が違います。

奴隷制度は、剣だけで生まれたのではありません。生存に必要な物を持つ者が、持たない者の未来の労働へ請求権を持ち、その請求に法律と武力が加わったときにも生まれたのです。

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6. 労働力を確保するために奴隷制度が利用された理由

戦争と借金は、人が自由を失う入口です。しかし、捕らえた人や債務者を継続的に奴隷として維持するには、その労働を利用したいという需要が必要です。

人間を所有すること自体が最終目的だったのではありません。多くの場合、所有者が求めたのは、農作物、鉱物、製品、家事、運搬、建設、性的奉仕、威信など、奴隷の身体と時間から得られる価値でした。

ナーガ
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6.1. 人手不足だけでは奴隷制度は生まれない

働き手が不足しているなら、賃金を上げて人を雇う方法もあります。

労働者が自由に土地を利用でき、別の場所へ移動できる社会では、低い報酬で他人のために働く理由はありません。土地所有者が労働者を集めるには、良い条件を提示する必要があります。

そこで、支配者や大土地所有者が賃金を上げる代わりに、労働者の移動を制限し、強制的に働かせる場合があります。

経済史家エフセイ・ドーマーは、土地が豊富で労働力が希少な環境と、政治権力による強制が結びつくと、奴隷制や農奴制が成立しやすいという仮説を示しました。

ただし、土地と人口の比率だけで、あらゆる奴隷制度を説明することはできません。土地が余っていても、自由な小農が力を持つ社会はあります。人口が多い地域にも奴隷制は存在しました。都市の家事、行政、軍事、商業で奴隷が使われる場合もあります。

必要なのは、人手不足だけではありません。労働者を捕らえる力、逃亡を防ぐ力、所有を認める法律、奴隷を調達する市場、強制労働から利益を得られる仕事がそろうことです。

バフォメット
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6.2. 奴隷労働は本当に「安い労働力」だったのか

奴隷は賃金を受け取らないため、無料の労働力だったと思われがちです。

しかし、所有者側にも、購入費、食料、住居、衣服、監視、処罰、病気や負傷への対応、逃亡や反乱を防ぐ費用がかかります。専門技能を持つ奴隷なら価格も高くなります。

したがって、自由労働より奴隷労働が常に安く、効率的だったとは限りません。

細かな判断、創造性、長い訓練、自発的な協力が必要な仕事では、暴力による監督は生産性を下げることがあります。逃亡、抵抗、道具の破損、監視者の配置も費用です。

それでも奴隷制が利用されたのは、所有者が次のものを手に入れられたからです。

  • 労働時間と作業内容を一方的に決める力
  • 危険、疲労、病気の負担を奴隷へ押しつける力
  • 本人が拒否する仕事にも従事させる力
  • 労働の成果をほぼ独占する力
  • 奴隷を貸す、売る、相続することで得る利益
  • 奴隷の子どもを次の労働力や財産にする力

奴隷制度の利益は、単に賃金を支払わないことから生まれたのではありません。

労働条件を交渉する権利と、そこから離れる権利を奪うことによって生まれました。

ナーガ
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6.3. どのような仕事で奴隷が使われたのか

奴隷の仕事は、農業だけではありません。古代社会では、家庭内労働、育児、調理、織物、工房、商業、事務、教育、鉱山、採石、運搬、建設、農業、性的搾取など、幅広い仕事に奴隷が使われました。

高い知識を持つ奴隷が、会計、医療、教育、管理を担うこともありました。主人から一定の裁量を与えられ、財産を扱ったり、解放のための資金を蓄えたりした例もあります。

しかし、比較的良い待遇の奴隷がいたことは、制度が穏やかだったことを意味しません。主人の判断で家族と引き離され、売却される可能性がある限り、その生活は本人の権利ではなく、所有者の都合に依存しています。

「有能だから大切にされた」という説明は、「人間だから自由を持つ」という原則とは異なります。

暁月魔鬼真
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7. 奴隷は戦争と借金以外からも生み出された

奴隷制度が一度成立すると、社会は奴隷を継続的に補充する入口を増やします。歴史上、人が奴隷にされる経路には、次のようなものがありました。

誘拐・襲撃・海賊行為

戦争の正式な捕虜でなくても、村への襲撃、海賊行為、街道での誘拐によって人が連れ去られ、奴隷市場へ送られました。

市場で人に価格が付けば、誘拐は利益を生む犯罪になります。奴隷商人が「どのように捕らえられた人か」を問わず買い取れば、合法的な戦争捕虜と違法に誘拐された自由人が同じ市場へ流れ込みます。

刑罰

犯罪への処罰として、自由を奪われ、国家、寺院、鉱山、個人のもとで働かされることがありました。

被害回復や公共の安全を理由とする刑罰が、労働力を調達する仕組みへ変われば、処罰を決める側には人を働かせる利益が生じます。

犯罪者だから何をしてもよいという考えは、奴隷化への心理的な抵抗を弱めました。

貧困による身売りと子どもの売却

飢饉や極度の貧困のなかで、本人が生存のために自らを売ったり、親が子どもを売ったりすることがありました。

これは表面的には売買契約に見えます。しかし、「売らなければ飢える」という状況での選択を、十分に自由な合意と呼べるのかは別の問題です。

大西洋世界の人種的奴隷制では、母の奴隷身分を子へ継承させる法と慣行が、奴隷人口を世襲化する重要な仕組みになりました。

ナーガ
ナーガ

さらに、売られた子どもは契約を選んでいません。家族を救うためという理由があっても、負担を引き受けるのは、決定権を持たない子どもです。

奴隷身分の母からの出生

戦争や人身売買による供給が不安定でも、奴隷の子どもを奴隷とする法律があれば、制度は世代を超えて自らを再生産できます。

所有者にとって、奴隷女性の出産は、家族の出来事ではなく、財産の増加として扱われるようになります。

ここでは、労働力だけでなく、生殖能力まで所有の対象にされます。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

大西洋世界の人種的奴隷制では、母の奴隷身分を子へ継承させる法と慣行が、奴隷人口を世襲化する重要な仕組みになりました。

奴隷身分の相続・売買・贈与

奴隷が財産と認められると、土地や家畜と同じように、相続、売買、贈与、担保の対象になります。

所有者が死んでも、奴隷が自由になるとは限りません。相続人へ引き継がれ、債務返済のために売られ、家族が別々の所有者へ分配されることがあります。

この段階で奴隷制度は、最初に人を捕らえた暴力から離れます。

子どもは何の戦争にも敗れておらず、借金も犯罪もありません。それでも、親の身分だけを理由に所有されます。

奴隷制度は、「何をしたから自由を失ったのか」という制度から、「どの身分に生まれたかによって自由がない」という制度へ変わったのです。

バフォメット
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8. 農耕・余剰・国家は奴隷制度をどう拡大したのか

農耕は奴隷制度の唯一の原因ではありません。

しかし、農耕、定住、余剰生産物、国家の成立は、奴隷制度を大規模かつ継続的にする条件を広げました。

8.1. 定住によって人と生産拠点を固定できた

移動生活では、支配される側が別の集団へ逃げたり、支配者のもとを離れたりできる余地があります。

農耕では、農地、水路、家、倉庫、家畜、種籾が特定の場所に固定されます。生活の基盤を失わずに移動することが難しくなります。

所有者側から見ても、奴隷を農地、家、工房など一定の場所で監視しやすくなります。

8.2. 余剰が非生産者と支配機構を養った

収穫物を保存できれば、農業に直接従事しない兵士、役人、神官、書記、監督者を養えます。これらの専門職は、治水、防衛、裁判、記録、交易など、社会に必要な仕事を担いました。

同時に、徴税、徴発、捕虜の配分、労働の監督、逃亡者の追跡を行う力にもなりました。

余剰は文明の発展を支えましたが、余剰を集める組織は、人を管理する組織にもなったのです。

8.3. 記録が人間を管理可能な財産へ変えた

文字と会計は、食料の配給、土地、税、労働日数、所有関係を記録するために役立ちます。

誰が誰に属するのか、いくらで売られたのか、誰が相続したのか、逃亡した人は誰かを記録できれば、奴隷所有は個人の記憶を超えて維持されます。

暴力だけなら、支配者が死んだ時に関係が崩れる可能性があります。文書と法律によって所有関係が承認されれば、奴隷は見知らぬ相続人や買い手に対しても、従属を強制されます。

バフォメット
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8.4. 国家は奴隷制を作っただけでなく、制限することもあった

国家と奴隷制度の関係は、一方向ではありません。国家は戦争で捕虜を獲得し、奴隷売買を認め、所有者の権利を守り、逃亡者を取り締まることで奴隷制度を支えました。

一方で、自由民の債務奴隷化を制限し、解放の条件を定め、主人による殺害や虐待を規制し、特定集団の奴隷化を禁じる場合もありました。

これは、国家が常に弱者の味方だったという意味ではありません。

奴隷所有者の力が強くなりすぎれば、王権、徴税、兵役、治安と衝突します。国家には、所有者の利益を守る必要と、社会全体が崩れないように制限する必要の両方がありました。

農耕、余剰、国家は奴隷制度を自動的に生み出したのではありません。

これらは、人を大規模に支配できる能力を高めました。その能力を共同体の安全と分配に使うのか、一部の所有者が他者の人生を奪うために使うのかは、法律、権力関係、抵抗によって変わったのです。

十三夜龍巳
十三夜龍巳

より広い背景は、関連記事「階級社会はなぜ生まれたのか?農耕・余剰・所有が支配を生んだ歴史」でも整理しています。

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9. 法律・宗教・差別は奴隷制度をどう正当化したのか

人を捕らえるだけなら、暴力でできます。しかし、人口の一部を何世代も奴隷として働かせるには、日常生活の中で支配を当然のものにする必要があります。

奴隷制度を長く維持したのは、鎖や武器だけではありません。法律、宗教、哲学、慣習、言葉、教育、家族制度が、「所有する側」と「所有される側」の境界を作りました。

9.1. 法律が人間を異なる身分へ分けた

奴隷制度を認める法律は、自由人と奴隷に異なる権利を与えます。

奴隷は契約の主体になれない、法廷で証言できない、主人の許可なく結婚できない、移動できない、財産を持てない、被害を受けても自由人と同じ補償を受けられないといった差が設けられました。

同時に、奴隷の売買、相続、解放、逃亡、所有者同士の争いも法律で処理されます。

法律が奴隷を保護する条文を持つ場合でも、それが人間としての平等を認めていたとは限りません。家畜や財産の損傷を規制するように、所有者の財産価値や社会秩序を守る目的が含まれる場合があります。

法があることと、法が公正であることは同じではありません。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

9.2. 支配を自然な秩序として語った

奴隷制度は、「戦争に負けたのだから仕方がない」「借金を返せないのだから当然だ」「主人が保護している」「この人々は自立できない」「神や自然が上下を定めた」と説明されました。

古代ギリシアでは、奴隷支配を自然なものとして説明する思想も現れました。

ここで起きているのは、結果と原因の入れ替えです。

教育、武器、財産、法的権利を奪われた人が、自由民と同じ力を発揮できない状態を作られます。その結果を見て、「能力が低いから支配されている」と説明されます。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

支配によって弱くされたのに、弱く見えることが支配の根拠に使われたのです。

9.3. 宗教だけが奴隷制度を生んだわけではない

宗教は、奴隷制度を正当化する物語に使われたことがあります。一方で、奴隷の解放、同じ信仰者の奴隷化の制限、主人の権力への規制、奴隷制廃止運動の根拠にもなりました。

同じ宗教の内部でも、時代、地域、解釈、政治的立場によって態度は異なります。

したがって、「宗教が奴隷制度を作った」「ある宗教だけが奴隷制を容認した」と単純化することはできません。

より重要なのは、権力を持つ者が、どの教えを選び、どのように解釈し、誰の利益のために制度へ組み込んだのかです。

ナーガ
ナーガ
バフォメット
バフォメット

もっとも宗教が一方的に神の教えを信じることを求めるなら、信者と教祖の関係になり、これは構造的に支配する側と支配される側という見方もできます。

9.4. 大西洋奴隷制では人種が世襲身分の印になった

古代の奴隷制度では、戦争、出身地、債務、犯罪などが奴隷化の入口となり、奴隷が必ず一つの人種に限定されていたわけではありません。

15世紀以降の大西洋奴隷貿易では、アフリカの人々が大規模に捕らえられ、売買され、アメリカ大陸へ移送されました。

ヨーロッパ諸国、植民地の所有者、商人は、砂糖、綿花、タバコ、鉱物などから利益を得ました。そして、アフリカ系の人々を劣った存在とする人種思想が、暴力と世襲的な奴隷身分を正当化するために発達しました。

ここでは、肌の色が、逃げても消せない身分の印として使われました。

人種差別があったから大西洋奴隷制が始まったという一方向だけではありません。大規模な奴隷化から利益を得る制度が、人種差別の理論と法律を作り、強化した面があります。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

利益を得るための支配が、「彼らは劣っているから支配されている」という物語へ反転されたのです。

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10. 古代メソポタミア・ギリシア・ローマ・大西洋奴隷制の違い

「奴隷制度」という言葉で、すべての時代を同じものとして扱うことはできません。

人が所有され、自由を奪われる点は共通していても、奴隷になる経路、主な仕事、法的権利、解放の可能性、社会全体に占める規模は異なります。

表は横にスクロールできます

社会・時代主な奴隷化の経路主な利用特徴
古代メソポタミア戦争捕虜、債務、犯罪、売買家内労働、農業、工房、宮殿・神殿に関わる労働自由人、債務奉仕者、従属民、奴隷の境界が複雑。経済全体が奴隷労働だけで動いていたわけではない
古代ギリシア戦争捕虜、襲撃、海賊行為、域外からの購入家事、農業、工房、鉱山、商業、公共的業務市民の自由と政治参加の背後を、権利を持たない域外出身者の労働が支えた
古代ローマ征服戦争の捕虜、売買、出生、遺棄など農業、鉱山、家事、建設、商業、教育、行政大規模な征服と市場が奴隷供給を拡大。ローマ法のもとで奴隷は主人の財産とされた
大西洋奴隷制襲撃、戦争、人身売買、出生砂糖、綿花、タバコなどのプランテーション、鉱山、家事長距離の商業網、植民地主義、人種分類、母から子へ継承する世襲的動産奴隷制が結びついた

10.1. 古代メソポタミア

古代メソポタミアでは、人の売買、債務奉仕、戦争捕虜の使役を示す文書が残っています。

一方で、奴隷と訳される語の範囲は広く、実際には使用人や制度的従属者を含む可能性があります。奴隷が解放されたり、家庭を持ったり、一定の財産を扱ったりする例もあります。

古代メソポタミアの都市、神殿、灌漑、建設が、すべて大量の奴隷だけによって成立したと断定することはできません。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

重要なのは、ここで人間の労働と身分が、文書、契約、売買、相続、国家管理の対象になっていたことです。

10.2. 古代ギリシア

古代アテネは、民主政の起源として高く評価されます。しかし、政治へ参加できた「市民」は、住民全員ではありません。女性、在留外国人、奴隷は、市民男性と同じ政治的権利を持ちませんでした。

市民が政治、軍事、哲学、芸術へ時間を使えた背景には、家庭、工房、鉱山、農地で働く奴隷がいました。

問うべきなのは、「誰の自由が実現し、その自由を誰の不自由が支えたのか」です。

古代ローマ

ローマの領土拡大は、大量の捕虜を生みました。捕虜は売買され、農地、鉱山、家庭、都市の仕事へ送られました。

奴隷は単純労働だけでなく、教師、医師、会計、管理などを担うこともあり、解放奴隷として社会的地位を築く者もいました。

しかし、個別の成功例をもって、制度全体を評価することはできません。

解放される可能性があることと、自由を権利として持つことは違います。主人に従った報酬として自由を与えられる制度では、自由そのものが支配の道具になります。

ナーガ
ナーガ

10.3. 大西洋奴隷制

大西洋奴隷制は、古代から存在した奴隷制を、植民地、世界市場、海運、金融、人種思想と結びつけて巨大化しました。

アフリカの人々は、故郷から切り離され、海を越えて運ばれ、砂糖、綿花、タバコなどの商品を生産させられました。その商品は遠く離れた消費地で売られ、農園主だけでなく、商人、海運、保険、金融、加工、国家財政にも利益をもたらしました。

奴隷化にはアフリカ側の支配者や商人も関与しましたが、それを理由に、ヨーロッパ諸国と植民地経済が作った需要、輸送、法制度、人種的支配の責任を消すことはできません。

「誰が最初に捕らえたのか」だけでなく、「誰が買い続け、誰が制度を拡大し、誰が最終的な利益を得たのか」まで見る必要があります。

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11. 奴隷制度は誰に利益をもたらし、どのような代償を生んだのか

奴隷制度から利益を得たのは、奴隷所有者だけではありません。時代によって異なりますが、次のような主体が利益を受けました。

  • 奴隷を農地、鉱山、工房、家庭で働かせる所有者
  • 捕虜を獲得し、分配する王、国家、軍人
  • 人を売買し、輸送する商人
  • 奴隷や農園を担保として資金を提供する債権者
  • 奴隷が生産した原料を加工し、販売する事業者
  • 安価な商品、税収、公共サービス、政治参加の時間を得た自由民
  • 奴隷制によって領土と富を拡大した国家

だからこそ、奴隷制度は一人の悪人を罰するだけでは終わりませんでした。

バフォメット
バフォメット

多くの人の生活と利益が制度へ組み込まれると、自分では奴隷を所有していない人も、廃止によって失う利益を恐れるようになります。

11.1. 奴隷にされた人が負担したもの

もっとも大きな代償を負ったのは、奴隷にされた本人と家族です。奪われたものは、労働の成果だけではありません。

  • 故郷と共同体
  • 家族と暮らす権利
  • 移動する自由
  • 仕事を選び、拒否する自由
  • 身体の安全
  • 性的自己決定
  • 子どもの将来を決める権利
  • 名前、言語、信仰、文化
  • 法の前で人として扱われる地位

奴隷制度の帳簿には、人の購入価格、生産量、維持費、売却益が記録されます。

しかし、家族を引き裂かれた痛み、故郷へ帰れない時間、恐怖の中で失われた可能性は、所有者の会計には費用として現れません。

所有者が利益を得られたのは、費用が消えたからではありません。

本来なら所有者が負うべき生産の負担を、拒否権のない人へ移したからです。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

11.2. 奴隷制度は自由民にも影響した

奴隷制の存在は、奴隷と所有者だけの関係にとどまりません。

大量の強制労働が使われれば、自由な貧困層の仕事と交渉力が弱くなる場合があります。社会は、身体労働を奴隷の仕事として軽蔑し、働く者と支配する者を人間の価値の差として見るようになります。

一方で、一部の自由民は、奴隷労働が生んだ余剰によって、政治、軍事、学問、芸術、余暇へ参加する機会を得ました。

ここで歴史の評価が分かれます。

壮大な建築、帝国の道路、哲学、民主政、豊かな商品文化だけを見れば、文明の発展に見えます。

しかし、その土台となった労働を見れば、「誰にとっての発展だったのか」という問いが生まれます。

ナーガ
ナーガ

11.3. 奴隷は受け身の存在ではなかった

奴隷にされた人々は、ただ命令に従っていたわけではありません。

逃亡、反乱、作業の遅延、道具の破壊、病気を装うこと、秘密の交易、家族や仲間との助け合い、文化と信仰の維持、自由の買い戻し、法廷への訴えなど、さまざまな形で抵抗しました。

大規模な反乱だけが抵抗ではありません。名前を守ること、子どもへ言葉を伝えること、主人の命令の中でわずかな裁量を確保することも、人間性を奪わせない行為でした。

支配者の記録には、奴隷は財産、労働者、逃亡者、犯罪者として現れやすくなります。本人の言葉は残りにくいため、史料を読む時には、記録した側の都合を考える必要があります。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

「逃亡を罰する法律」が多く残っているなら、それは奴隷が従順だった証拠ではありません。逃げる人がいたから、支配者が法律と捜索制度を必要とした証拠でもあります。

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12. 奴隷制度の歴史を反転して読む|「繁栄」を誰が支えたのか

奴隷制度の歴史を学ぶ意味は、昔の人々を現在の価値観だけで裁くことではありません。また、すべての文明の成果を否定することでもありません。

重要なのは、支配する側が残した言葉だけで歴史を完成させないことです。

教科書には、王朝の拡大、戦争の勝利、都市の繁栄、交易の発展、法典の整備、農園の生産量が記されます。

それらは歴史上の事実です。しかし、視点を反転すると、別の事実が見えてきます。

  • 領土の拡大は、誰の故郷の喪失だったのか
  • 戦争の勝利は、誰が捕虜として連れ去られた結果なのか
  • 農園の利益は、誰が拒否できない労働をした結果なのか
  • 法の整備は、誰を財産として分類したのか
  • 市民の自由時間は、誰の不自由な時間によって作られたのか
  • 安価な商品は、誰の身体と家族を費用に含めなかったのか

歴史に書かれる「繁栄」は、社会全体へ均等に訪れたとは限りません。

利益を受け取った人と、費用を負わされた人を分けなければ、支配者の資産増加を、そのまま文明全体の幸福と取り違えてしまいます。

より広い時代の流れは、「搾取の歴史|人はいつから他人の労働と富を奪うようになったのか」で扱っています。

十三夜龍巳
十三夜龍巳

12.1. 奴隷制度はなぜ廃止されたのか

奴隷制度は、ある日突然、人々が道徳的に目覚めたためだけに廃止されたわけではありません。

奴隷にされた人々の逃亡と抵抗、奴隷反乱、宗教的・人道的な廃止運動、自由労働を重視する思想、国家間の戦争、政治闘争、産業と労働制度の変化、国際的な圧力などが重なりました。

廃止に反対する側には、財産権と経済的利益がありました。人間を所有することが法律で認められていた社会では、奴隷解放が「所有者の財産を奪う行為」と語られることさえありました。

ここでも、人間の自由と所有者の損失が、同じ土俵で比較されました。

制度上の廃止は大きな転換です。しかし、解放された人へ土地、教育、住居、仕事、政治的権利、安全が与えられなければ、過去の格差は残ります。

奴隷という名称が消えても、小作、債務拘束、囚人労働、人種隔離、低賃金労働など、別の仕組みに依存関係が移ることがあります。

バフォメット
バフォメット

12.2. 現代の賃金労働は奴隷制度と同じなのか

同じではありません。現代の労働者には、少なくとも法律上、退職、転職、賃金請求、団結、裁判、安全を求める権利があります。人そのものを雇用主が売買・相続できるわけでもありません。

労働条件が厳しいことや、会社への不満があることだけで、歴史上の奴隷制度と同一視すべきではありません。

一方で、契約書があれば必ず自由な労働とも限りません。

暴力、監禁、旅券の没収、返済不能な債務、賃金不払い、通報や国外退去の脅迫によって、仕事を拒否したり離れたりできないなら、現代の強制労働や債務拘束に当たる可能性があります。

ILOなどが公表した2021年の推計では、世界で約2,760万人が強制労働の状態にありました。

奴隷制度の歴史は終わった過去ではありません。ただし、現代社会を正確に見るには、何でも奴隷と呼ぶのではなく、自由の程度を具体的に確認する必要があります。

ナーガ
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13. 現代の支配を見抜く六つの質問

歴史を現在の判断に生かすなら、制度の名称ではなく、次の六つを確認することが重要です。

  1. その人は仕事や関係を現実に拒否できるか
  2. 離れた時に、暴力、処罰、身分喪失、返済不能などの脅威があるか
  3. 労働条件と報酬について交渉できるか
  4. 身分や負債が本人だけでなく家族や子どもへ引き継がれるか
  5. 利益を受け取る人と、危険や損失を負う人は誰か
  6. 法律と行政は弱い側の自由を守るのか、強い側の請求だけを守るのか

この問いは、奴隷制度と一般の雇用を乱暴に同一視するためのものではありません。

名前が変わったことで、拒否できない支配まで見落とさないためのものです。

暁月魔鬼真
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14. 奴隷制度に関するよくある質問

奴隷制度を最初に作ったのは誰ですか

特定の人物や民族を「最初の発明者」とすることはできません。奴隷制度は文字資料より古い可能性があり、複数の地域で、戦争捕虜、債務、刑罰、売買などから異なる形で成立したと考えるのが妥当です。

文字資料で詳しく確認できる古い例の一つが古代メソポタミアです。

農耕が始まったから奴隷制度が生まれたのですか

農耕だけが原因ではありません。農耕をしない定住型の採集社会にも奴隷制の例があり、農耕社会にも奴隷労働への依存が小さい社会がありました。ただし、定住、保存可能な余剰、土地支配、人口増加は、他者の労働を継続的に利用する条件を広げました。

奴隷はなぜ逃げなかったのですか

実際には多くの人が逃亡し、反乱し、日常的に抵抗しました。しかし、故郷から遠く離され、言葉や地理が分からず、家族を人質にされ、逃亡者への厳しい刑罰と捜索制度がある状況では、逃げること自体が命懸けでした。

「逃げなかった」のではなく、逃げる力を奪う仕組みが作られていたのです。

奴隷制度は労働力不足を解消するために必要だったのですか

支配者や所有者にとって、奴隷制は労働力を確保する一つの方法でした。しかし、賃金を支払う、土地を分配する、待遇を改善する、技術を導入するといった別の方法もあります。

奴隷制度が「必要」だったのではなく、権力を持つ側が、人へより良い条件を提示する代わりに、拒否する自由を奪う方法を選べる状況があったのです。

奴隷制度と搾取は同じですか

奴隷制度は搾取の極端な形の一つですが、すべての搾取が奴隷制度ではありません。搾取は、相手の弱さや離れられない事情を利用して不公正な利益を得る、より広い関係を含みます。奴隷制度では、それに加えて、人に対して所有権に近い力が行使されます。

奴隷制度は、人間が本来残酷だから自然に生まれたのでも、文明の発展に絶対必要だったのでもありません。

戦争で人を捕らえ、借金で自由を奪い、労働の成果を回収し、法律で所有を認め、思想で上下関係を正当化できる社会的条件が作られたために成立しました。

そして、その条件に抵抗し、自由を取り戻そうとした人々がいたからこそ、制度は変化してきました。

暁月魔鬼真
暁月魔鬼真

歴史を見る時、勝者が何を築いたかだけでなく、その建物、富、自由、繁栄のために、誰の人生が材料にされたのかを確かめる必要があります。

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15. 見えない構造を読み解きたいあなたへ|神格反転の書

学校で学ぶ歴史は、国家、制度、戦争、文化の名前を整理するために役立ちます。しかし、王朝の繁栄、領土の拡大、交易の発展を支えた人々の労働と犠牲が、同じ大きさで語られるとは限りません。

神格反転プロジェクトでは、正史や一般常識を無条件に否定するのではなく、視点を反転させます。

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嘘により悪き者は栄え、真実により滅ぶ。
言っていることではなく、やっていることがその人の正体。

暁月魔鬼真
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16. 参考文献

奴隷・強制労働・債務拘束の定義

  1. United Nations Human Rights
    “Slavery Convention.”
    所有権に伴う権能が行使される地位または状態という、奴隷の国際法上の定義を確認するために参照。
    https://www.ohchr.org/en/instruments-mechanisms/instruments/slavery-convention
  2. United Nations Human Rights
    “Supplementary Convention on the Abolition of Slavery, the Slave Trade, and Institutions and Practices Similar to Slavery.”
    債務拘束、農奴制、婚姻に関する隷属、子どもの引き渡しなど、奴隷制に類似する制度の定義を確認するために参照。
    https://www.ohchr.org/en/instruments-mechanisms/instruments/supplementary-convention-abolition-slavery-slave-trade-and
  3. International Labour Organization
    “What is forced labour?”
    処罰の脅しのもとで、本人が自発的に申し出ていない労働という強制労働の定義を確認するために参照。
    https://www.ilo.org/topics/forced-labour-modern-slavery-and-trafficking-persons/what-forced-labour
  4. International Labour Organization, Walk Free & International Organization for Migration(2022)
    Global Estimates of Modern Slavery: Forced Labour and Forced Marriage.
    2021年時点の強制労働と強制婚の世界推計を確認するために参照。
    https://www.ilo.org/publications/major-publications/global-estimates-modern-slavery-forced-labour-and-forced-marriage

奴隷制度の起源・狩猟採集社会・成立条件

  1. Snell, D. C.(2011)
    “Slavery in the Ancient Near East.”
    The Cambridge World History of Slavery, Volume 1.
    古代近東における奴隷の定義、人の売買、戦争捕虜、債務奴隷、他の従属身分との違いを確認するために参照。
    https://www.cambridge.org/core/books/cambridge-world-history-of-slavery/slavery-in-the-ancient-near-east/E9871B0E91F592E905BFC90BA83796CC
  2. Reid, J. N.(2023)
    “Punishment for the Coercion of Labour during the Ur III Period.”
    International Review of Social History.
    ウル第三王朝期における戦争捕虜、債務、犯罪と奴隷化の経路、奴隷労働が当時の労働全体に占めた位置を確認するために参照。
    https://www.cambridge.org/core/journals/international-review-of-social-history/article/punishment-for-the-coercion-of-labour-during-the-ur-iii-period/63F85846BCF0661180D19F3ECE24864F
  3. Smith, E. A. & Codding, B. F.(2021)
    “Ecological Variation and Institutionalized Inequality in Hunter-Gatherer Societies.”
    Proceedings of the National Academy of Sciences, 118(13).
    農耕以前でも、資源の性質、蓄積可能性、排他的支配によって、奴隷制を含む制度化された不平等が成立しうることを確認するために参照。
    https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2016134118
  4. Wengrow, D. & Graeber, D.(2018)
    “‘Many Seasons Ago’: Slavery and Its Rejection among Foragers on the Pacific Coast of North America.”
    American Anthropologist, 120(2), 237–249.
    北米太平洋岸の採集社会における襲撃、捕虜、奴隷制と、その制度を拒んだ隣接社会の違いを確認するために参照。
    https://anthrosource.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/aman.12969
  5. Domar, E. D.(1970)
    “The Causes of Slavery or Serfdom: A Hypothesis.”
    The Journal of Economic History, 30(1), 18–32.
    土地の豊富さ、労働力の希少性、政治権力による強制と、奴隷制・農奴制の成立を結びつける経済史上の仮説を確認するために参照。
    https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-economic-history/article/causes-of-slavery-or-serfdom-a-hypothesis/B6055D4D909C9D21B79BB42D2CD952C5

借金・古代メソポタミア

  1. Yale Law School, The Avalon Project
    “Code of Hammurabi,” §117.
    債務のために本人や家族が奉仕へ入った場合、3年間働き、4年目に自由を回復させる規定を確認するために参照。
    https://avalon.law.yale.edu/ancient/hamframe.asp
  2. Reid, J. N.(2014)
    Slavery in Early Mesopotamia from Late Uruk until the Fall of Babylon in the Longue Durée.
    DPhil thesis, University of Oxford.
    古代メソポタミアにおける戦争捕虜、債務奴隷、売買、解放と、奴隷身分の形成過程を確認するために参照。
    https://ora.ox.ac.uk/objects/uuid%3Aa693cd93-092e-4118-ae02-b9775bc2285e
  3. Hudson, M.(1993)
    The Lost Tradition of Biblical Debt Cancellations.
    古代メソポタミアの債務帳消し、債務奉仕者の解放、土地の回復と、国家の社会的・経済的基盤との関係を確認するために参照。
    https://michael-hudson.com/wp-content/uploads/2010/03/HudsonLostTradition.pdf

古代ギリシア・ローマ

  1. Tridimas, G.(2023)
    “Choice of Slavery Institutions in Ancient Greece: Athenian Chattels and Spartan Helots.”
    Journal of Institutional Economics, 19(6), 820–836.
    古代アテネにおける戦争捕虜、海賊行為、奴隷輸入、市民の政治的平等と奴隷労働の関係を確認するために参照。
    https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-institutional-economics/article/choice-of-slavery-institutions-in-ancient-greece-athenian-chattels-and-spartan-helots/DA904BD5451B7DD8741DBDDFA5BC7DFF
  2. Scheidel, W.(2011)
    “The Roman Slave Supply.”
    The Cambridge World History of Slavery, Volume 1.
    古代ローマにおける征服戦争、売買、出生など、奴隷人口の供給源と推計上の限界を確認するために参照。
    https://www.cambridge.org/core/books/cambridge-world-history-of-slavery/roman-slave-supply/F42FF85C3DF0587EF1E1375C25B0359E
  3. British Museum
    “Slavery in Ancient Rome.”
    ローマ法における奴隷の財産上の地位、売買、労働、解放と、奴隷の日常生活を確認するために参照。
    https://www.britishmuseum.org/exhibitions/nero-man-behind-myth/slavery-ancient-rome

大西洋奴隷制・人種化

  1. UNESCO
    “Transatlantic Slave Trade.”
    15世紀から19世紀にかけての大西洋奴隷貿易、植民地経済の利益、人種的優越・劣等の物語との関係を確認するために参照。
    https://www.unesco.org/en/query-list/t/transatlantic-slave-trade
  2. UNESCO(2024)
    “A Deep Dive into the Transatlantic Slave Trade.”
    大西洋奴隷貿易を単純な一地域の責任へ還元せず、アフリカ側の関与、世界的需要、被害を受けた人々の視点から検討するために参照。
    https://courier.unesco.org/en/articles/deep-dive-transatlantic-slave-trade
  3. Beckles, H. McD.(2024)
    “Slave Trade and Women: A Forgotten History.”
    The UNESCO Courier.
    植民地農園が奴隷女性の労働と生殖能力に依存しながら、その経験が歴史記述で周縁化されてきたことを確認するために参照。
    https://courier.unesco.org/en/articles/slave-trade-and-women-forgotten-history
  4. Virginia General Assembly(1662)
    “Negro Womens Children to Serve According to the Condition of the Mother.”
    奴隷女性から生まれた子どもの身分を母の身分に従わせ、奴隷身分を世襲的に再生産した植民地法の一次資料として参照。
    https://encyclopediavirginia.org/primary-documents/negro-womens-children-to-serve-according-to-the-condition-of-the-mother-1662/

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